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雨のち晴れ

40代主婦の考え事・いろいろ

中学生のスマホと生活習慣

子どもが高学年・中学生ともなると、段々とスマホを持つ子が出てきて、最近、お母さん達のあいだでも、「あ、そうだ、スマホどーした?スマホ?」とにわかに色めきだっている。

ちょっと前までは、「だいたい中学生にスマホなんて必要ないっしょ。電車に乗って遠くの学校に行くわけじゃないんだから。要があるなら電話すりゃいいじゃん。それか、ピンポンすりゃいいでしょ。」というのが私達の多方の意見だった。

このあたりは地元の中学校に通う子が殆どで、しかも、中学校は小学校とそっくりそのまま同じ学区なのだ。エスカレーター式 の附属小学校なのよん!なんて冗談を言ってる人もいる。中学校にいっても言わば7回目のクラス替えで、変わり映えしないメンバーと机を並べる。そんなふうなので、誰が何処に住んでいるのかくらいはもうざっくり知っているのだ。

こんな田舎ならではの背景が後押ししているのか、以前はスマホ要らない派の親が多かったように思う。

 

風向きが変わってきたのは小学校卒業前後、中学校の情報がさかんに入ってくる頃だった。上に兄弟がいる子達がチラホラとスマホを持つようになってきた。

 聞くと、要はLINEが必要なのだという。

*部活の連絡はほぼLINEで行っており、LINEがないと連絡漏れが発生する。

*中学生はLINEをメインで使うので格安スマホで充分。月額2千円位で済むなら買ってもいい。

*結局、何かにつけ皆がLINEで連絡をとるので、ないじゃ済まない。

…等々の理由で購入を決めている。

 

 先頭きってスマホは要らないと言っていたママも、昨年の秋くらいから買って買って攻撃にあい、子供と毎晩口論していたが、とうとう根負けして、この春買ってしまった。

毎晩のバトルを見るに見かねたばあちゃんが、「こんだけ言ってるんだから、もう買ってやり~」と言い、私も疲れた…もう、この戦いに終止符を打とう、と白旗をあげたのだった。

 

スマホを持つことで私が最も懸念するのは、生活習慣の乱れだ。私でさえもちょこっとロバート秋山のクリエイターズファイルを見るつもりが、うっかりするとあっという間に30分がたってしまう。LINEがピロロンすれば、やはり気になってすぐに見てしまう。

 

 勉強が出来る事で有名な次男の友達の高1のお兄ちゃんは成績が伸び悩んだ中3の夏、「オレ、どうしても見ちゃうから、お母さん受験終わるまで預かってて。」と言って自分からスマホを差し出したそうだ。あんなに勉強が出来る子さえ、スマホの魅力には勝てないんだよなぁ…

長男に至っては、「調べたいものがあるからママのスマホかしてよ」と言って、「いーよー」と貸したはいいけど、あれ?そういえば長いこと戻ってこない。見に行くと、ついでに見てみたおもしろ動画をすっかり見入っていたという一件。

また、春休み、ちゅうぶらりんなのをいいことに、一日中、ダラダラとPSPYouTubeを見ていても全然平気なんだという一件。

これらを 考え合わせると、なおさらスマホは中学生の本分である勉強に支障が出ることは間違いはないと思っている。

 

現在、お兄ちゃんが県内でトップの県立高校に進学したママもまた、生活習慣の乱れを懸念してスマホを買い与えなかった。

「持ちたがらなかった?部活の連絡はどうしてた?」と聞いたらこれがまた壮絶だった。当時、数名の部員が「親のメールに連絡」としていた。だけどある日、連絡漏れのため、部活を遅刻した事があり、「だからスマホを買ってくれと言ったじゃないか」とお兄ちゃんが激怒。それならばみていろと、学校に乗り込んで「学校ではLINEをしていない生徒は部活をまともに出来ないのか。そんなのおかしいだろう」と、先生に1発文句を言ったのだという。

ビビりの私は、「え~、それ、私出来ないよ~」と思わず言ってしまったのだが、スマホを持たせないためには、その位強い親の意思がないとダメなのだそうだ。

体育祭のあとクラスで打ち上げと称して遊びに行くのにも、LINEをしていない数名は誘い忘れられてしまい、行けずに恨まれた。

それでも、今自分は何が大事なのか。そんなにあの高校に行きたいならば、今、何をやらなければならないのか、繰り返し話し合ったのだと彼女は熱く語った。

 

 うーん。うちはどうしようかな…。

やはり本音は持たせたくはない。中学校を卒業するまでは我慢させたい。でもまあ、まずは部活の説明会で話を聞いてから判断してもよい。使わせるならばルールを決めないと…

 

中学生のスマホのルールについて書かれた記事がある。親の本気度がひしひしと伝わってくる。将来スマホ使わせる際は、そっくりそのまま、契約書をつくって真似したいと思っている。小島さん、ありがとう。

 

 

中学生 スマホ利用のルール / 契約書を交わしました! - 適当男子サトシを6年から矯正!プラス日々思う事

 使わせるにしても、がまんさせるにしても、

親の本気度が鍵のようだ。

全く、ラクして子供は育てられないよなあ。

 

 

 

落ち着かない4月と、最近の世の中に対して思う事。

毎年の事だけど、どうも4月って落ち着かない。

各学年から集金の嵐。今月はPTA会費も引き落とされるんだったわ。次男の修学旅行代金も納めなきゃ。5月に控えている自動車税、固定資産税。あれ!中学生って給食費上がるんだわ…そりゃ、食べるもんね。仕方ないか。等々。

夫、オレの靴下の中が砂だらけ!子供の洗濯物と一緒に洗うなとキレる…どうもすみませんでしたね。トイレ掃除しろよ。あんたホントに家事が嫌いだよな。…一番汚す人は誰だよ!って思う。

 

そんなこんなで4日前に餃子を焼いていている時火傷をしてしまった。フライパンの蓋を開けて、置くところがないと焦りつつ、変な置き方をしたら手の甲に触ってしまった。この歳で火傷ってイタイ。多分、シミになって残るなあ、と思っいる。

ちなみに餃子には自信がある。今は試行錯誤の上、一定の作り方に落ち着いている。白菜を使うのが一番気に入っているのだが、今回の春キャベツも良かった。ここでレシピをご紹介出来ないのが残念だ。何しろ調味料がテキトーなもんで。ポイントは、肉をクリーム状になるまで練ること。餃子に限らず全てのお肉は常温に戻してから焼くとしっとりした肉が食べられると思っている。

 

ところで、最近、ギスギスしていて本当に嫌な世の中だと感じている。ブログの中でさえも、ちょっと言いたい事を言うと袋叩きにあい、過去記事を非公開にせざるを得ないような事態をみると残念でならない。

 

何日か前の朝日新聞の記事から、グッとくるものがあったので、残しておこうと思う。

【折々のことば】鷲田 清一

理解し合えるはずだという前提に立つと、少しでも理解出来ないことがあった時に、事態はうまくいかなくなる。

                                                          村上龍

対話は、他人と同じく考え、同じ気持ちになるためになされると考えると、いづれかが理解を断念したとき、対話は閉じられる。理解できなくてあたりまえ、むしろ、語りあえば語りあうほど相手と自分との違いがより微細に見えてくる、それを対話だと考えれば、理解しえずとも共にいられる場所は少し広がる。

小説「ラブ&ポップ」から。

 

 そもそも、私達は違うモノの見方をするのだ。ブログの中だろうと、実際の人間関係であろうと。

目の前にいるあなたとこの私が同じ考えではないからといって、それは大した事ではない。あたりまえのことなのだ。それを大人気なく誹謗中傷したり、影でコソコソと悪口を言ったりするのは、全くもって幼稚な行為だといえる。そんな大人の在り方が子供達の世界にまで反映し、いじめという醜い形で現れているのではないか。

 

自分の考えを躊躇なく言う事ができ、それに対して、「そうなんだ~、でも私はこう考えるけどね」と相手が言う。そこで、「ああ、そういう視点もあったのね」と言える風通しの良い社会であってほしい。“あの人は○○な人だから。あの人は違うから"とシャッターを閉めずに。

 

ご存知のとおり、私は日本を動かす重要人物ではない。ただのおばさんだ。でも、忘れてならないのは、身近な場面で言ったりやったりする、ほんのささいな行為でさえも、今の世の中を形作る駒の一つに変わりはないということ。

気がついたらとんでもないことになっていて、「こんな世の中に誰がした?!」と若者に問われたら、「申し訳ありません、私です。」と答えるしかないのだ。

 

社会を形成する責任ある大人の一人だという事を自覚して行動しようとの思いを強くしている2017春。

 

 

 

 

入学式。来賓の挨拶。

「一同起立」…親も立つ…

「国歌斉唱」…うわ~、私達の世代って国家歌えないんだよね…

「生徒起立」…親はすわってていいのね…

「皆さんはもう児童ではなく、生徒です」…あ、そっか~!

 

そういえば私、多分毎日一回位は考えるというか、思い浮かべる事がある。

それは「機嫌の悪い人」についてのお話。

 

6 ·7年位前だったか、おつき合いで心理カウンセラーの先生の講演会に行き、聞いてきた話で、うる覚えなのだけど、たしか、「ある学者の論文で、機嫌の悪い人と一緒にいるとガンになって早死するという事が証明されているんですよ。だから、機嫌の悪い人と同じ部屋に居てはいけませんよ。」という内容だったと思う。

 

私は夫に機嫌の悪い態度をとられる度にそれを思い出してしまうのだ。

あ、今のでがん細胞1個出来たな、と思う。でも、相手は私が何をした理由でもないのに勝手に私のせいにして機嫌が悪くなっているのだから、気にしないようにしようと考え直して気持ちを切り替える。

そして、TVを見て笑ったりすると、あ、これでさっきのガン細胞消えたからチャラになった。などと考える。くだらないんだけどね…

 

「一年生の皆さんは期待と不安で胸がいっぱいの事とおもいます」

…ホントだあ〜ね~。

 

春。私の最近の目標としては、自分の機嫌が良くなる事をどんどんやっていこうと思っている。そうです。目標に向かってガンバるのは中学生だけではありません。オバサンもまた、目標に向かって日々鍛錬するのです。

 

ようは、好きな事とか、やりたい事を積極的にやっていこうという事だ。結婚以来、自分の好きな事というのは優先順位の下の方だったからそれを上げてみよう。

 

さてと、まずは手始めにずーっとやりたかったアレをやろう!「うわーやだ、気持ち悪い」と言われそうなのでお隣にすまして座っているママ友には言えない。

実は、私は耳垢とりとか、かさぶた剥がしが大好きなのだ。でも子供達の耳垢は一回取ればそうそう溜まらないし、最近は膝を擦りむいてもカサブタにしないで治す絆創膏のほうが治りが早いので、そちらを使っている。欲求不満だぁ~!

 

そんな私にピッタリな商品が、足裏角質とりパックだ。なんでも、恥ずかしくて人に見せられない程、足裏の皮がベロンベロン剥けるらしい。私はずっとこれに憧れていたのだった。一昨日、試しに近所のドラッグストアでないか聞いてみたらAmazonと同じ値段なので、勇気を出して買ってしまった。1,780円。

今日お風呂の後やってみるつもりだ。2~7日後に剥けてくるという、足の皮むきが楽しみだ。イヒヒヒ♡

 

なーんて事を長男の入学式の長い来賓の挨拶の間ずっと考えていた。

バカな親だな…。

 

「新入生、退場!」

 

 

 

 

 

スポ少について親が知っておいたほうが良いと思う事。

この春、子供にスポ少はどうかをと考えている方もいるのではないかと思う。

 今回は、スポ少に入ろうと考えている人の為に、ここ何年かの経験を通して感じていることをまじめに書いてみようと思っている。少しでもお役にたてば、と思う。(以前スポ少について書いたものがあまりにテキトーだったので反省してます)

 

 

スポ少の目的や成り立ち

スポ少は、子供達にスポーツをする喜びを知ってもらったり、スポーツを通して健全な心と体を育てる事を目的としている。

主となるスポーツ以外に、豊かな人間形成の為に文化・野外活動やレクリエーションをする事もある。その他、地域との繋がりも重視していて、地域活動に参加したりもする。

 活動は地域の人や保護者の無償の協力で成り立っている。地域の人というのは元保護者や、元団員というところが多い。

 たいてい団費(習い事でいうなら月謝)は運営費や試合への参加費、スポーツ保険などに当てられ、基本的に指導者への指導料は含まれない。

運営は PTAと同じような形で父母会が組織され、役員を置いて、団員への連絡、会計、使用施設の手配、道具の管理など活動に必要な様々なお手伝いをしている。

 

スポ少の活動が、任意の協力の上で成り立つという性質上、活動には保護者による様々なサポートが必要となる。それを円滑にすすめるために保護者同士の決め事があり、話し合いも発生する。そこをよく理解しないで入ると、苦痛に感じてしまうかもしれない。

 

 

 スポ少に入る前に確認しておきたいこと。

スポ少はこのような成り立ちをしているので、入団の際は子供だけではなく親も陰ながら活動に参加するという意識を持たないと継続は難しい。なので、親にどの程度の協力を求められるのかというところは、入団を考える時、避けられないポイントだといえる。

 

 ①保護者の協力をどの程度要求されるのかを確認する。

たいていのスポ少はホームページをもっているので、活動方針やスケジュールなどを見る事ができる。でも具体的に「保護者の協力をどの程度必要とするのか」といった時間的な制約を載せているスポ少は殆どない。

 何故だろうと、うちのスポ少の場合で考えてみると答えはすぐに出る。 流動的なので載せにくいのだ。チームの人数によって、保護者の負担も変わるし(当然人数が多い程、負担が分散される)シーズンによっても違う。 低学年と高学年でも全く違う。

そのあたりの事は実際入団している保護者に聞いてみるのが1番よい。知り合いがいない時はホームページ上の問い合わせフォームなどがあれば、そこから問い合わせてみるのも良いかもしれない。また、どのスポ少でも見学や体験入団を設けていると思うので、参加した際に聞いてみるのも手だ。

土日に仕事が入り、協力出来ない事もあるが、可能か?小さな子供を連れての当番は可能か?車の運転に自信がないけれど、どのくらいの距離を運転するのか? など、不安な点は入団前に確認しておきたい。

 

②そのスポ少の保護者の意識の高さに注目

冒頭でスポ少はスポーツを通しての子供の心身の育成を目的とするとは言ったものの、実際は一括りにそう言えるものでもない。保護者の意向が反映され、同じスポーツでも団体の個性が出る。

 

上達させたい、勝たせたいという意識の強い保護者は、試合はおろか、練習も見学し、家に帰ってから子供との自主練も厭わない。

熱心な保護者が多ければ、子供達のために、団のためにと、あれもこれもと協力したい事が増えていくものだ。

もっとも、うちの団の場合は、保護者の過剰な協力には待ったをかけている。行き過ぎはトラブルの元となるし、保護者の負担が大きすぎると対応出来ない親は居づらくなる。団の存続にも関わるという、監督の判断によるものだ。

 

熱心な保護者の子供は上達する。一方、あまり熱心すぎるのはどうも…と考える保護者もいる。この保護者間の温度差が厄介で、どちらが良いとも悪いとも言えない。親の価値観だと思う。

上手くやっていく為には、双方がお互いの考え方を認める事だ。熱心な保護者は、それぞれの家庭に事情があり、誰もが同じように積極的に関われる訳ではないという事を理解しなければならないし、距離をおきたい保護者も、可能な限りのお手伝いはやる姿勢を示し、時間が許す限りは子供の様子を見に足を運んだほうがよいと思う。

 いずれにしても、知り合いに聞いたり、見学や体験に参加した際は保護者の雰囲気も観察しておきたい。

 

③指導方針・チーム運営状況を確認

親の視点の事ばかり挙げてきたが、最も重要なのは、子供のためになるか、その子に向いているかどうかという点だ。

 まずは、子供達がそのスポーツを楽しみながらやる事が出来ているかよく観ておきたい。

とりあえず体力作りの為にスポーツをやりたい、お友達作りに、という子にはどんなスポ少でも向いている。それこそがスポ少の理念なのだから。

 言うまでもないが、少年団でも強豪と言われるチームは競走も激しい。試合や遠征も多く、その分費用もかかるが、負けず嫌いでやる気がある子は相乗効果でどんどん伸びる。

チームの運営状況を見る際は、指導が行き届き、挨拶・整理整頓などの躾は出来ているか。コーチは子供のスポーツマン精神に反するような行為を容認してはいないか。高学年は練習に集中出来ているか。などの点に着目すればよい。低学年はどこも似たようなもので出来なくても仕方が無い部分もあるが、高学年はチームの顔。自分の子供が低学年でも高学年の様子を見てみると分かりやすい。

 そして最終的には、自分の教育方針で大事にしている部分と照らし合わせて、親が納得できる指導をしていれば良いと思う。

 

スポ少に入団したら、心掛けておきたいこと。

スポ少での保護者間のトラブルについての投稿をみると、難しいなあと思う。せっかく入ったのだから、親子で気分良く活動したいものだ。実践していてこれならば比較的上手くいっているのではないかと思う事などをいくつか挙げてみようと思う。

 

①指導者に不満があっても文句を言わない

保護者はコーチのチーム運営に口を出さない。コーチはコーチなりに考えて指導しているので、まずはお任せして見守る姿勢が大事。

勝ちにこだわる保護者が下手な子供も平等に試合に出すコーチに文句を言ったり、保護者同士で不満を漏らす事。逆になかなか試合に出して貰えないので文句を言うなどは論外。

これは、初めて入団した際、父母会の心得としてお世話役のお母さんから聞いた事だ。

問題意識をもち、少しでも良くしたいという気持ちは分かる。でも、本当に問題があるならば、役員を通して団の代表者に任せたほうが良い。

 

 

②「?」と思う事もまずは様子を見る。

お母さん達がお揃いのTシャツを着ているのに違和感を感じたり、監督、コーチへのお茶出しに対して何で?と思う事もあるかもしれない。

私達はTシャツを揃えていなし、コーチは自分の給水は自分で用意する事になっているのだけど、まあ、理解できる。

ハッキリ言って、スポ少のお手伝いはキツイ。でも、そのキツさを一緒に乗り越えてきたお母さん達は、戦友のような感覚になったりもする。きっとTシャツは私達もガンバって応援しよー!という気持ちの現れなのだろう。

お茶出しに関しては、せっかくの休みに炎天下に出て来て、審判をしてくれて申し訳ない、と思んばかっての事なのだと思う。そこは、いつもすみませんね。来週もお願いしますよ。と忖度しているのだ。実際、私も寒い日にコーチに熱いコーヒーどうですかぁ?なんて声をかける。

活動する中で、なんでそんな決まりや慣習があるのだろう?と思う事もあるかもしれないが、それは代々の保護者が試行錯誤の上、話し合って決めた事なのかもしれない。もちろん状況が変わり、改革したほうがよい事もあるだろう。それでもとりあえずは、ベテランのお母さんにこれってどういう意味があってやっているの?と聞くに留めて置いた方が無難だ。

 

③試合では自分の子供はもちろんだが、チーム全体を応援するという気持ちで。

たとえ自分の子供がレギュラーでなくても、当番は回ってくる。ここで、ああ、私は朝早くから何のために?なんて虚しい気持ちになっていたらスポ少はやってられない。

育成過程において、試合に出してもらえず、悔しかったり、つまらなかったりする気持ちを経験するのも勉強、上手な子のプレーを見るのも勉強、と考えて、試合はチームの子供全体を応援するという気持ちで臨みたい。

 

 上手でレギュラーの子供の親と、なかなか芽の出ない子供の親との間での確執に悩む投稿も読んだが、保護者はチーム全ての子供を応援するというスタンスがあれば解決出来るのではないかと思う。

低学年の頃は調子が良かったのに、高学年で伸び悩んだり、卒団真近かになって急成長のような例もある。しょせん育成過程の小学生。お母さん達みんなが長い目で子供達の成長を見守る事が出来れば雰囲気も良くなる。

 

スポ少の良い所・入って良かったと思う所

スポ少に入ると土日が潰れてしまい、家族の時間がもてない、小学生のうちに経験させたい様々な事に時間がさけない、などという声を聞くが、うちの場合は3年生までは試合数も少なく、サッカー以外の体験もすることができた。

他の用事で練習を休む事があっても団費が安いので気にならなかった。さすがに5・6年生になると、試合も増え土日は殆どサッカーという感じだったが、高学年になる頃は子供本人が他のお楽しみよりもサッカーのほうが良くなってしまうので、誘ってもついてこなかった。

 生活面でのメリハリがついた事は多いに良かった。土日にサッカーがあると思えば、金曜日のうちに宿題や月曜日の用意を終わらせようとするし、土日にダラダラとゲームをする事も無くなる。

  親としては、子供達の成長を真近で目撃する事ができてとても良かった。

今、1番感じている事は、子供というのはある時、急に成長するものなのだということ。ずっとパッとしないでベンチを温めていたような子供がビックリの急成長!というのを今まで3人見たが、人の子であっても感動ものだ。ナイスプレーに対して、他の保護者から寄ってたかって、凄かった!凄かった!頑張った!と褒められる体験は、子供にとっても宝物になるのではないかと思う。

 

反対に親や先生以外の大人に怒って貰えるのもスポ少の特徴だと思う。

試合からの帰り、車のなかで騒ぎすぎてお前ら2度とうちの車に乗るなとコンビニに車を停めて説教をしたママ、合宿先のトイレで大騒ぎしているのを一喝して黙らせたママもいた。もちろん、監督やコーチには数え切れない程怒られている。

私は、子供達がたくさんの大人に本気で関わってもらうというのは、最近ではなかなかない、貴重な機会だと思っている。子供達には、そういう本気の関わりあいの中で成長していって欲しいと願っている。

そして、たくさんの大人に本気で応援してもらった子供は今後起こり得る様々な困難にも強いのではないかと期待している。

 

これまで書いてきて、読んだ人がどう感じるか不安だ。実際の活動の中で、私達の間では意識してはいるけれど、以外と話されない正直なところを書いたつもりだけど、うわー、私はカンベン!と思う方もいるだろうし、スポーツをやって来た人ならば、それ、当然でしょ。と思う事なのかもしれない。

 

私も、スポ少が全てとは思ってはいないし、良い事ばかりではないと思っている。でも、大変な分、子供と関わってきた確かな手応えがあるというのもまた事実だ。

 

もしも子供に何かスポーツをと考えているならば、選択肢の一つとしてスポ少も考えてみてはどうかと思う。

あなたが良質なスポ少と出会える事を心よりお祈りします。

 

 

 

やすらぎの郷

TV朝日の昼のドラマ『やすらぎの郷』に注目している。観たいのだが、なんだかんだで、なかなか見れず、昨日、はじめてみることができた。

北の国から』の倉本聰の脚本というところにも惹かれるし、石坂浩二は昔から好きな俳優さんの一人だ。そして、なんと言っても出演者が豪華すぎる!浅丘ルリ子加賀まりこ八千草薫、すんごいメンバーだと思う。

シルバー世代向けというけど、どうなのだろう?おばさん世代も興味深々なのだけど。

 

昨日は石坂浩二が嫁に、処分するつもりの亡くなった妻の着物を捨てるのならば喜んで貰ってくれるお友達にあげてもよいかと聞かれ、一度は許したものの、やはり断って見ず知らずの人の手に渡るくらいならばと庭で燃やしてしまうシーンがあった。

これを見て、11年前だったか、祖母の33回忌での祖父を思い出した。

私は生まれたばかりの長男を連れての2回目くらいの外出で、長男の事ばかり気にしていたし、弟夫婦も歩き始めたばかりの姪で手いっぱいという感じだった。父も母もそれなりに気は使っていたように思うのだが、やはり主役は赤ちゃんが持っていき、わさわさしながらの、食事会になってしまったような記憶がある。

祖父が食事会場に昔のアルバムを持って来ていた事を知ったのは、暫く経ってからの事だ。本当は、祖父は食事の席でしんみりと亡き祖母の思い出話をしたかったのだそうだ。

 

あれは悪いことをしてしまったなあ、と今でも思っている。どいつもこいつもそういう奴か…と思うであろう、祖父の孤独を思うと心に痛い。

 

忙しくしているとつい、人への心配りを忘れてしまうんだよなあ…

 

小学校卒業。長男の成長を振り返ってみた~小学校編~

よく考えてみたら、長男は私の幼少時代に似ているのだった。家ではよくしゃべるし、我が強いのだが、1歩外へ出て集団に入ると萎縮してしまい、おとなしーくなってしまう。それを人は内弁慶と言う。ただし、私はあそこまでしつこく泣かなかった…多分。

  小学校に入っても、長男の引っ込み思案の内弁慶はかわらず、放課後に自分でお友達と約束して遊ぶようになったのは3年生になってからだったと思う。

 

 入学当時、1年生ではまず学校のルールを覚えて生活に慣れ、毎日元気に学校に来る事が勉強なのだというお話があったが、長男のようなタイプには本当に大事な事だと思った。

 引越しもあり、環境の変化に体がついていけなかったのか、一学期は毎朝のようにお腹が痛くなり、下痢をした。それでもなんとか学校には遅刻をせず通うことが出来た。担任の先生と話をして、先生が、

「もしも学校でトイレを失敗したら、そ〜っと保健室に行っちゃえば、誰にも分からないから大丈夫だからね。」

と話してくれた事も大きかったと思う。

 

2年生になるとすぐ、お友だち作りにとサッカーのスポ少に入れてみた。でも、やはり友だちというのは親がどうこうするものではない。結局、今でも仲が良く、1番一緒にいるのは、サッカーの友達よりも3年生の時同じクラスだった、おっとりしているけど、なぜか面白いS君だ。気の合う友達と遊ぶ楽しさを覚えて、だんだん外でも活発にふるまえるようになってきたのはこの頃かからだと思う。これからもS君との友情を大切にしていってほしい。

 

4年生の時にはチーム内でサッカーがヘタクソだとバカにされたり、仲間に入れてもらえなかったりしたらしく、サッカーを辞めたいと言い出した。どうしたものかと心配していたのだが、"やっぱり今辞めたら悪口を言われるに決まってるから、最初から5年になったら辞める事にしていた事にして、5年になったら辞めたい”と言う。私としても、いじめられてリタイヤという形に必死で抵抗しているのだなあと思うと痛々しかったのだが、子供ながらもよく考えたものだと承諾したのだった。

この事態を解決するには、サッカーが上手くなるしかないと、キツイが月謝のお高いサッカースクールに通ってもいいよとも言ったのだが、長男は頑として行きたがらなかった。

 

元気のない我が子を見ているのは辛い。何とか他に目を向けさせて、目標みたいなものが欲しい、自信を付けさせたいと思い、じゃあ、勉強を頑張ろうと言ってみた。勉強は裏切らないよ。やったらやった分、成績あがるよ。頑張ってみたら?

以来、成績が上がってきたのだが、本人に言わせると、ママの助言とは関係なく算数のクラス分けテストで上に行きたいから頑張ったとのこと。…あぁ、そうでしたか…

 

5年生のクラスは、林間学校もあり、充実していたみたいだ。やたらと男子で団結するシーンが多く、楽しそうにしている姿を見るのは嬉しかった。親としてはそれが、本当になによりの事だと思った。

サッカーの方も何人か新しいメンバーも加わり、チームの雰囲気が変わってきた。その頃からサッカー技術はイマイチだが、足が速いということでスタメンで出る場面も増え、次第に仲間にも受け入れてもらえるようになった。少し自信がついたのだろう、やはりサッカーは続ける事にした。

 

ただ、今後の長男の進路を考えた時、地域の中学校に進み、同じようなメンバーと一緒に過ごすのは厳しいのではないかと考えた。

幸い勉強が好きなようだし、唯一通える範囲の公立中高一貫校ならばどうだろう。超難関という訳ではないし、受験してみないかと持ちかけると、長男もその気になり、準備を始めた。 でも6年生になる頃、私は学校の詳細を見ると、やはり長男にはどうなのだろう、合わないのではないか、いや、それでも思い切って受験すべきかと迷うようになった。

結局、話をして何ヶ月か考え、本人が小学校の友達と一緒に地元の中学校に進み、高校受験で頑張る事に決めたのだのだった。

 

  外では、慎重に行動するので、先生や他のお母さんには比較的評判の良い長男だが、内弁慶は相変わらずで、家ではえらそうな物言いをしている。最近は甘え上手でマイペースな3男にイラッとする場面が多いらしく、やたらとキツくあたる事が多い。

弟達が出来ない事を目にすると、“オマエそんなことも分かんないの?”と、オレ、頭いい的なマウンティングも気になる。そういうのやめろ。外で言うんじゃないよ。能ある鷹は…なんて喋り終わらないうちに、分かってるよと遮られる。

 それから、納得がいかない事があると…例えば、兄弟喧嘩で私がうっかり現象面だけを見て長男を怒ると、自分の正当性をこれでもかと訴えてくる。

言いたい事は分かるのだが、悲しい事に君の訴える正当性とは、大人の世界では言い訳と言うのです。コイツにケリを入れたのは、かれこれ一週間前から○○の件でムカついていたからです。僕がどんなに我慢していたか、あんたは分かってない、何で分かってくれないんだ、なんて主張は通らない。背景は分かった。だけど罪は罪。やっている事はテロリストと同じなのだ言っても、全く納得しない。分かってくれない、分かってくれない、と繰り返すので参ってしまう。

このあたりのしつこさは幼児期から変わらない。それとも思春期病か?納得はいかないけど、頭を下げなければいけない事もあるのだという事をいつかゆっくり話したいのだが、前回も触れたように言い訳については少し引いてみることにした。今は何を言っても無駄だろう。いつか理解出来ると信じて今の彼を認めてあげる方向でいってみようと思う。

 

結局、今も私は対応に迷ったり、選択を間違ってはいないかと不安に思ったりしながら子育てをしている。

この時期、入会金無料などといった塾のキャンペーンが多く、周りは高校受験に備えてあの子もこの子もと入塾を決めている。うちはどうしようかと内心焦っている。

でも、本人は塾には入らず自分で勉強すると言う。最近の受験事情は私達の頃とは違うし、恥ずかしながら私には中学生の勉強をみる自信はない。専門家のお世話になるのが1番良いと思うのだが…こちらのほうもひとまず様子をみよう。

 

 生まれた時から今までも、多分これからも、あの子は私の思い通りにはならない。これからも小さい時のまんま、自分のやり方を通して生きていくのだろう。でも私は、もうそれでよいと思っている。そういえば最近、長男には、細かい事で文句を言っていない。

 

ただ、ここはどうしても親の話を聞いてほしいという時は、口を出させてほしい。素直に聞く耳を持ってほしい。だって私は人生の先輩なのだから。君には見えてないけど私には見える事もあるのだから。

 

早起きは相変わらずだ。多分寝ていられない体質なのだろう。さすがに、幼児の頃のように“ママあしょぼ”と起こされる事はなく、一人で勉強をしている。誰にも邪魔されない朝の1人の時間が好きなのだそうだ。凄いな。時間があれば5分でも寝ていたいと思う私や次男、三男とは全く違うタイプだ。

 

心身共に だいぶ逞しくなったし、高学年になってからは自信を持って行動しているように見える。家の手伝いも安心して任せられるようになった。…でも、まだまだだとは思うけどね。

 

だんだんと、私が長男をサポート出来るのは、長男が私を必要とした時だけになるのだろうなぁと思うと少し寂しい。ちょっと前まではいつでも私の足元にまとわりついていたのに、と思う。

 

小学校は長いと思ったが、入ってからは本当にあっという間だった。

                 

                   卒業、おめでとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラスの少年達は認めてほしがっている

こんなに簡単に子供達は変わるのか~と思った事があった。

この前、大学生はもう春休みということで、少年団OBのU君が試合が重なり手薄なコーチ陣の応援に入ってくれた。長男達の最後の試合。

U君はとにかく、声掛けが上手い。例えば点には繋がらなかったけどしつこく攻めた、とか、ナイスプレーやチャレンジできた、という場面で『○○!グー!』『△△、それでいいぞ』と声をかけたりする。

それだけで何となく雰囲気がよくなり、気持ちの入ったプレーが多く見られた。まあ、結果としては2―0で前半を折り返した後、後半に2点取り返し、引き分けで終わったのだが、終了後、みな良い顔で整列していたのが印象的だった。

正直、これまで長男達のチームがこんなに頑張っている姿を目にする事はなかなかなかった。今までは、負けてもヘラヘラしていて、私達の疲れも倍増。「悔しい、って気持ちはないんかねえ!車出しなんでバカらしくてやっていらんないわよ、も~!」なんて言っていたママもいた。

その試合の後、6年生のママ連中と話しをしたり、卒団文集を読んだ中で気付かされたのは、彼らも負けてヘラヘラしているように見えるけど、本当は悩みながら、上手くいかない自分にイライラしたり、どう動いたらよいのかと不安に思いながらプレーしているのだ、という事だった。

自分の、成功とまではいかないけど、やりたかったプレーに対して、それでいいんだぞと背中を押して貰えることで、安心し、勇気を持って思い切りチャレンジ出来たのではないかなあ、と思う。

 

隣のクラスのT先生は怖い事で知られているけど物凄く男子に人気がある。聞くと、話を聞いてくれるのだという。こらっ!と怒るのだが、先生、アイツのせいじゃない。今回はオレ達が悪かったんだ、と言おうとすると、言い訳無用!とピシャリと言う先生の多い中、それはどういうことだ?と話を聞いてくれるのだという。

 

実は私は今まで、子供達を叱って言い訳すると会社に入って言い訳しているサラリーマンなんていないよ。言い訳無用。見苦しいから言い訳すんな。という態度で子供達に対応していた。この考えを改めるつもりはないのだけど、今、あの子達にはまだ早い。まだ理解できないのだなあ、と少々限界を感じている。

やはり、まだまだガキなりの未熟な主張を聞かないとダメなのだ。長男と話をしていても、こちらは君の言い分は分かってるけど、大人の世界はこうなんだよ。と言っているのだが、ママは分かってくれないと言ってどうも噛み合わない。考えてみればそうだよな。世間の厳しさなんてものは、触ってみなけりゃ分からないよなあ。

 

どうやらガラスの少年達の心は、不安と出来ない事への苛立ちと、認めて貰いたい欲求で出来ているようだ。

褒めて伸ばすというのともちょっと違って、それでいいのだと認めてほしがっている。ちょっと対応を変えてみようと思っている。

 

そうそう、卒団式は無事終了した。いやあ、作戦通りというか…泣き虫さんの多いこと、多いこと。涙と笑いで皆さん楽しんで頂けたようで、私もホッとしている。子供達がタダで指導したり協力しているコーチや親に本気で感謝している事も分かり、成長したんだなあと思った。

良かった、良かった。