雨のち晴れ

40代主婦の考え事・いろいろ

はやまった1000円カット

合宿前に髪を切っておこうという、ということで次男を連れて1000円カットに行った。

 

おっ、空いてる。ラッキー!

おじさんが1人しかいないじゃない。券売機でカードを買いながら、暑さのせいで、ふっとよからぬ考えが…私も切っちゃおうかな…という考えが頭をかすめた。暑くて、暑くて、本当に鬱陶しい。どうせ縛っちゃうんだからどこで切っても同じでしょ。空いているし…切っちゃおうかな…切っちゃおうかな…切っちゃえ!と勢いでカードを2枚買ってしまった。

 

呼ばれてまずは次男が座る。刈り上げないで下さいとお願いしている。なにぃ?思い切って切るんじゃなかったの?おしゃれスポーツ刈りにするって言ってたじゃん?と思う。

ここで私の内弁慶の性格が出てしまう。病院と美容院が苦手なのだ。こんな歳になってもまだこういう場所では借りてきた猫みたいになってしまって、横から口を挟めない。

 

おじさんが終わると、普通に「どうぞー」と言われて次男と並んで座る。次男が悪そうな顔をしてニヤリと笑う。ふん!と思いながらお任せする。

 

痩せたおじいちゃんが入ってきた。

あらら。こんな暑い時間に大丈夫かしら?もっと涼しくなってから出てくればいいのに。

 

そうこうしているうちに、同じマンションで長男の同級生のA君とそのお父さんが入ってきてしまった。

やっだぁ…ここで知り合いに会うのは気が引ける。やだぁ…もう。早く終わらないかなあ…

 

A君親子に続いて、さらに汗だくの営業マンが入ってきて、瞬く間に4人待ちになってしまった。なんだか混んできちゃった、やだぁ~。

 

別に気にしなけりゃいいのかもしれないけど、なんだか間違って男湯に入っちゃったような気分。どうも居心地が悪い。

 

程なくしてカット終了。A君のお父さんに引きつった笑顔で会釈する。あれ?ああ、どうも。ガンボさんか。という表情。なんだ、気がついてないならとぼけてそーっと店を出ちゃえばよかった。それも、感じ悪いか…

 

ちょっと早まったかなあ…

でもスッキリした。

 ああ、でもやっぱり、 やっちまったのかなあ…

 

 

 

 

 

 

読書感想文と読書について思うこと。

今年の夏休みも読書感想文が必須課題になっている。これってけっこうめんどくさい。特に低学年は勘弁してよと思う。

さすがに 次男あたりはもう読書感想文は手伝わなくても何とか形になりそうだけど、小4の三男は苦戦するだろう。そして、親がノータッチだと物凄~くお粗末なものになってしまうのが読書感想文だ。(自由研究も、だけど…)

 

アブラゼミのなき響く中、読書感想文に親子で長時間頭を悩ませるなんてうんざりだ。さっさと片付けてしまいたいと思う。

 

本の選定は、出来るだけ子供に選ばせるようにしている。ここ何年かはもう推薦図書にはこだわらない事にした。自分で好きだと思える本でなければ言葉が出てこない。結局、書けやしないないんだもの。

 

 それに、例えどんなにお気に入りの本だとしても、子供って感想を言葉にして、そこからさらに考えを膨らませるなんてできない。

 

 結局、私が「何故この本を読もうと思ったの?」「どこが一番面白かったの?」「もし、自分ならどうした?」とかいわゆる感想文の必須項目をインタビューしてなんとか子供の言葉をひり出してメモをとり、構成順にメモを並べ直して原稿用紙に書かせていくことになる。

 

 そもそも読書の楽しみや喜びとは何だろう。読書の真骨頂とは、ご飯なんて後でもいいから先が読みたい、どうしても知りたい、とかではないのか。ハラハラ、ドキドキ、ワクワクだとか、なんてやるせないのだろう、だとかではないだろうか。読後のなんとも言えない寂しさと充実感ではないだろうか。

 

どっぷりと本の世界に入り込むことができたら、これ程素晴らしいことはない。そんな本に出会えたら、きっとそれは自分の人生の宝になる。

 

児童文学作家であり、福音館書店の編集者でもあった斎藤敦夫先生という方がいる。実は私、読書に関する考え方はかなりこの先生の影響を受けている。

 

斎藤先生はある講演のなかで、

「子どもに絵本を読み聞かせたあとに、感想を聞いてはいけません。ただ、面白かった、それだけで良い。読書感想文。あんなものは最悪です。本が、嫌いになってしまう。そんなものは親が書いてやればいいんです。私の宿題は母が書いていました。」

と言っていた。(何年も前のことで口調は違うかも。内容に間違いはありません。)

 

これを聞いた時マジで?と思ったけど、斎藤先生の考えにはとても共感できる。

 

本を読むこと、それは生きる力を育むこと。

 「人間は本当に面白い、世界は広くて楽しい、生きるに値するところだと伝えたい」

斎藤先生にはこのような信念がある。

 

メディア嫌いの斎藤先生は今も講演会を中心に活動なさっているようだ。斎藤先生についてはこちらのサイトが分かりやすいかも。

 
『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』著者 斎藤惇夫さん bestseller's interview 第74回

 

というわけで、今年も三男の読書感想文は親が大幅に手伝い、ちゃちゃっと片付けてしまいたいと思っている。その代わり、面白そうだと思った本はどんどん自分で手に取り、出来るだけたくさん本に触れて欲しいと思う。だって、せっかくの夏休みなのだ。読書の秋というけれど、小学生の秋は体育にとられてしまうから。

 

 

夏休みを前に、無駄かもしれないけど子供達に是非読んで欲しい本をピックアップした。炎天下、ブックオフに行き本棚を整理し、Amazonでマンガを含めた何冊かを買い足した。

余計なお世話なのは百も承知だ。だからお母さんが昔読んで感動した本なんだけどね、とか、私のおすすめはね~などとは口が避けても言わないつもりだ。

 

他に読みたい本があるのなら、そちらを読めばよいと思っている。サッカーで疲れて本を読む気分でないならば読まないでもよい。本は感想文を書くためにとか、人に言われて読んでも面白くない。

 

自分に自信が持てない今こそ、親の言う事がウザイと思う今こそ、つまらないことですぐにイライラしちゃう、思春期病の今こそ、君達の心を揺さぶり、震わせるような、人生の師となるような、どっぷりと本の世界に入り込めるような、そんな本に出会って欲しいと思っている。ただ、それだけだ。

 

 

 

 

 

7月7日 : 願い事は忘れた頃に叶う~図書館にて~

私はどちらかというと、本を読むのが好きな方だ。読書量はそんなに多い方ではない。もっと読みたいなあとは思うけど、なかなか。

給料を本に注ぎ込めた独身の頃が懐かしい。今じゃめったに本は買わない。本にかける予算は子供の教育費や食費に回る。

 

でも、 幸いにも家から歩いて数分の所にこじんまりとした図書館がある。なんだかんだといって、私も、子供達も入れ替わり立ち代りこの図書館のお世話になっている。

 

私はこの図書館で1人過ごす時間が好きだ。時間があればここに立ち寄るようにしている。

喉が乾いたら、外に一つだけある自動販売機で缶コーヒーか何かを買って、立ち飲みをする。今日は暑いのでレモンティーにしよう。

 

若いお母さんが2.3歳の男の子の兄弟を連れて出てくる。さっきから静かにさせるのに大変そうだった。…ちょっと前の私みたい。子供達が小さい時、私もよくここに連れて来たものだ。

「まったく、男の子ってのはじっとしてられないから大変だよね。お疲れ様。」

おばさんよろしく話しかけたい衝動に駆られる。ダメダメ。嫌味に聞こえちゃってもいけない。やめておこう。

絵本コーナーは一般とは離れたエリアにしてあげて、多少うるさくても親が気にしないで本を選べるようにしてあげたらよいのに…なあんてぼんやり考える。

 

レモンティーが冷たくて美味しい。

 

子供が小さい頃、自分だけの時間が欲しい。1時間でもよいから欲しい。そんな1時間さえあれば、余裕のない自分をリセットできる。もっと子供達に優しくなれるのに。きっと、いつも笑顔のママになれるのに。こんな事ばかり考えていた時期があった。

 

そして、そういえば今、あの頃あんなに欲しかったもの、ささやかな1人だけの時間を手にしている。

 

あ。そういえば私、夢が叶っていたんだ…と気がつく。

 

夢や希望が叶う時って、結局こんなものなんだな。忘れた頃に、気がついたらいつの間にか叶っている。

 

笑っちゃう。ささやかな1人だけの時間を手に入れたからといって、いつも笑顔で優しいママでいられるという訳にはいかない。

 

冷たい午後ティーが本当に美味しい。

 

さあ、もうそろそろ帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、攻撃にあっている人へのエール

しかし、豊田真由子様の「このハーゲー!」にはびっくりだった。私だったら、こんなものが世に出たら恥ずかしくて外を歩けない。ひっそりと山のなかで自給自足生活をしよう…

私の感想は普通の感覚だと思う。ところが、あの手のハラスメントをする輩は自分のこんな言動を恥とは思わないのだ。

 

一部の報道によると、本人は落ち込むどころか、支援者に電話をして、周囲の反応や今後の自分の処遇ばかりを気にしていたというので、ああ、そうだよね、なるほど。と思った。

あの手の人は絶対に反省しないし、タチの悪いことに自分の酷い言動については、こんな事まで私に言わせる相手(被害者)が悪いのだ、被害者はむしろ私なのだという心理がはたらいている。だからこのような人につける薬はなく、考えを変えようとしても無駄なのだ。

 

私、パワハラモラハラも経験した。モラハラに関して言えば現在進行形だ。

「このハ~ゲ~」「ち~が~う~だ~ろ~!」を聞くたび、ほんとに嫌なものを聞いてしまったと不快に思う。

そして、いつの間にか自分が暴言を吐かれている秘書となって、この事態をとう乗り切るかを考えている。

 

対処①「このブース!運転中にギャーギャー騒ぐんじゃねー!」と逆ギレし、車をとめて代議士を車から引きずり出しボコボコにする。

対処②信号待ちの交差点でいきなり車を降りて代議士を取り残す。業務放棄。

対処③「左様でございますね」と聞き流す。

対処④無視。

対処⑤ボイスレコーダーに記録し、訴える。

 

今まで、すがるように読んだ本によると、様々なハラスメントをうける側の心の持ちようとしては、多分これらのどれもが正解らしい。

ただ、①については最高に気持ちいいけど、警察のお世話になる覚悟が必要だ。自分の社会的な立場も失うだろう。だけどそれでもいいではないかとも思う。こちらはもう限界まで追いつめられているのだ。

②についてもクビになる覚悟がないと出来ない。次の就職先を見つけたらぜひ実行したい。

③、④については、やってみたけど、やはりこちらが全く無キズというのはあり得ない。ストレスが溜まるので、よいガス抜き法がある人にはお勧めだ。

やはり、今回の場合は⑤が最善の選択だったのだと思う。

 

パワハラモラハラ、いじめの被害に合うことは本当に辛い。この辛さは筆舌に尽くし難く、また、やられた者でなければわからないものなのかもしれない。ここでその渦中にある人に私が声を大にして言いたいのは、

『そんななかでどう自分を保っていくのかというのを最優先で考えなければならない。』

ということだ。あまりやりたい放題に攻撃させておくと、自分の心が壊れてしまうから気をつけてほしい。

 

 「水と油」という、有名なモラハラブログがある。もの凄く客観的にモラハラの実態を記録したブログだった。私は始めて読んだ時、泣けて泣けて仕方がなかったし、勇気を貰った。このブログを書いた方は残念な事に自殺してしまった。本当に本当に残念だ。ブログのほうは暫くは妹さんが管理していたようだが、今では過去記事の殆どが削除されてしまっている。きっと色々と事情があるのだろう思っている。

 

様々なハラスメントやいじめに悩む人にむけての助言として代表的なものは『その場から離れろ』と、いうものだ。前述の通りハラスメント体質の人につける薬はないので、自分の精神が破壊される前に避難するのが得策なのだ。

私もそれが1番良いと思う。それしかないと思う。でも、そうする為には長い準備期間が必要だったり、肉親だとなおさらなかなか踏み切れないのも現実なのだ。そんな時、どう考えれば良いのだろう。

 

あくまで私の場合だが、言い返す、やり返す事が1番自分に合っているように思っている。

実際にやり返さないまでも、想像するだけで良いのだ。その昔、パワハラ上司の大事にしている車のタイヤにキリで穴を開けることを想像するだけで随分と解放された気分になったものだ。

 

その他、因果応報。自分のしてきたことは返ってくる。この法則を信じるだけでも救いになる。真由子様だってまんまとやり返されてしまった。

 

実は私、昨年の夏は最悪だった。

辛くて辛くてこのブログにも吐き出してしまったくらいだ。おかげで今ではブログの方向性もへったくれもないただの日記のようなものになってしまっているのだけど、もう、これはこれで良いのだと思っている。このブログに書くことで、自分の事についても子育てについても少しは客観視できているような気がする。文章を書く。これもお勧めだ。

 

パワハラモラハラに悩む方、いじめの渦中にある方、どうか希望を無くさないでほしい。なんとか自分にあうガス抜き法を探してほしい。

「もう、疲れた」何度もそう思うだろう。疲れたら休めばいいのだ。

「自分はなんて不幸なのだろう」何度もそう思うだろう。落ちるところまで落ちたら、もう上がるしかないのだ。この先の人生でこれ以上の不幸はないのだ。喜ばしいことではないか。

『死して屍拾うものなし』そんな人生を誰が責められるのだろう。いいではないか。そのような人達の営みの歴史の上に私達は生きている。

 

以上、色々と偉そうに語ってきたけど、私は決してパワハラモラハラを乗り越えてきた成功者ではない。

今でもあまりの暴言に気力を失い、翌日立ち上がれない日が多々ある。

 

今回の投稿は自分へのエールでもあるのだ。

 

言いたいことを吐き出しただけの文章。

最後までお付き合い頂いた方、どうもありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこまで言うのかの葛藤

藤井4段が大活躍!凄いなあ…

虫も殺さないような優しげな顔をしている藤井君だが、とても負けず嫌いなのだというエピソードをTVで紹介していた。

ほんとに凄いなあ…

そういえば卓球の愛ちゃんも負けず嫌いで小さい頃よく泣いてたなあ…

やはり、勉強でも運動でも負けず嫌いな子は強い。

いいなあ…

 

もし、子供が有名になって突然お母さんにインタビューなんてことがあったら大変だろうなあと思う。

取材に来る前に美容院行かなくちゃ。教育方針とか、小さい頃の様子とか、ネタを用意しなければならないなあ~。

なあんて、宝くじで3億円当たった時の事の使い道を考えるのと同様、有り得ない想像をする自分の馬鹿さ加減に失笑する。

 

ふと窓の外に目を向けると、先程からこちらに背を向けてじーっと下を向いて座っている次男がいる。かれこれ1時間半はああやって座っている。あぁ…神様。

ここのところ、約束しないで放課後おとなしく家にいる次男

今週に入ってからか、だいぶ前凝っていた泥だんご作りにまた熱中している。何処で取ってくるのか知らないけど、秘伝の砂を採取してきて、何度もだんごにかけては磨いているのだ。

 近づいてみると、念仏のように

「ツールツルのぴーかぴか…ツールツルのぴーかぴか…ツールツルの~」

えんえんと繰り返し歌っている。…大丈夫かよ?

次男はいったい何考えているんだろう。いや、きっとなーんにも考えていないのだろう。ただツールツルのぴーかぴか♪ツールツルのぴーかぴか♪つーるつるの…だけ。

 

全国の小学6年生はもっと勉強してるよっ!と言いたいのをぐっと堪えて洗濯物を取り込んだ。あまり追いつめるはよそう。

洗濯物を畳んでいると、

「さーてと、宿題やろ♪」

と通り過ぎてゆく。

… 泥だんごじゃ食べていけないよ!自分の将来、大丈夫?真剣に考えようよ!これもガマンした。エラいぞ、私。

小学生の頃、自分がおばさんになった時のことなど想像出来なかった。あの頃もっと勉強していればよかったとつくづく思う。

だからといって、自分が持てなかったものを子どもに望んだり、逆に自分と同じ道を望んだりするのはほどほどにしないといけない事は承知している。

子供は私の所有物ではない。子供には子供の人格がある。これも承知している。

あんまり子供にうるさく言って、家に次男の居場所がなくなってしまってはかわいそうだ。だけどね、神様。ただ私は次男の将来が心配なんです。本当にただそれだけなんです。だから言いたくなるんです…

 

冷静に。話は手みじかに。

とりあえず真面目に机に向かう習慣はついてはいるのはいいと思う。でも結果がでないのは何故か考えようよ。

 学力調査の結果。あれはマズイよ。平均か平均よりちょい下じゃん。ほら、成績表をみて、どこが出来ないのか一緒に振り返ろう。

国語は?考えすぎて、時間がなくて終わらなかった。そうなんだ。じゃ算数。これも見直しが終わらなかったんだ…。

分かる事と出来る事は違う。時間内に終らないのは、結局、詰めが甘いんだと思うよ。自分の中でOKと思える所も、本当に出来るかどうか確かめたほうがいいよ。ね。

じゃ、ご飯作ってくるからね。

 

…頼むよ。しっかり勉強してくれよ。

…ほんとに、たのむよ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

買い物と食事と私

昨日は雨が降ったり止んだりだったし、食材で買い足したいものもあったのだけど、スーパーに行けば無駄な買い物をしてしまうだろうということで、結局一日引きこもっていた。

なんていうのは言い訳で、派遣のバイトが思うように入らず、ポッカリと空いてしまい、気分的に何をするのもめんどくさくなったのだ。単に買い物に行くのをさぼっただけ。

 

案の定、今朝はパンがない、ご飯も炊いてない、作り置きの野菜系もない、時間もないという状態になり、後悔している。

仕方がないので、子ども達にはホットケーキを焼いて食べさせ、学校に行かせた。

朝食にホットケーキと麦茶だけでは力にならないだろうな…でもまあ、子供達は学校でバランスのとれた給食をガッツリ食べるのだから大丈夫だろう、なんて考えるところが私の悪い癖だ。

 

そもそも、買い物に行くのを苦痛に思う。小さい頃はアレをこうしたら食べてくれるかな、お楽しみにゼリー買ってあげようかな、など考えながら買い物をしていたけど、最近は質より量ということばかり考えて値引き品に目を光らす。

食材というのは食べれば無くなってしまうのは当たり前なのだけど、重い思いをして、一生懸命買ってきてもあっという間に無くなってしまう。冷蔵庫を見て、あ~もう無くなっちゃったと思う。最近じゃ米も1週間で5キロもたない。そして今後さらにパワーアップするのだろう。

だいたい、子供達は口をひらけば「お腹すいた」と「今日のごはん何?」ばかりだ。いやいや、食べ盛りで何よりなのだけど、こっちはホント、大変だよ…

 

なんて愚痴をここで書いているのは、ママ友に愚痴れないという事情もある。私の周りで以外と多いのが子供の食と健康について熱心なママ達だ。うっかり“風邪をひいているので今日のサッカー練を休みます“なんて言ったら「あれ?この前も風邪ひいてなかった?お大事にね」の言葉の裏にちゃんと食べさせてんのかよ?健康管理できてないじゃん。という心の声が聞こえてくる。(…ような気がする)

 

梅雨寒のせいか、昨日から三男は鼻を出している。学校では今日からプールが始まる。絶対に休まないと言って登校したけど大丈夫かしら。

 

長男も喉が痛いと言い出した。

あの子はだいたいどこかが痛い。昨日は足が痛くて、私と英語の勉強をしている時は都合の良く頭が痛くなる。

1週間前は睾丸がヒリヒリ痛むと騒いでいた。自分で検索して睾丸捻転かもしれないから一緒に総合病院に行ってくれと言う。冗談じゃない。先生に“お母さんねえ、もっと深刻な患者さんがいるんだから勘弁して下さいよ“って言われちゃうよ~。

 

今日はキッチリ食べさせなくては。

 

 

中1英語のつまづき

長男が英語でますます苦戦している。

こーれは、何とかせねば。私の出番だろう。私は久しぶりの長男とのマンツーマン勉強に胸を踊らせ、英文法の参考書まで買ってしまった。きっと長男にとって有意義な時間になるに違いない。

なのに…かなり嫌がられている。ママと勉強しても効率が悪いので自分で勉強した方がいいと言う。そんなこと言ったってアンタ分かってないじゃん。文法の基礎だけは押さえておかないとこれからずっと苦労するよ!

…って思うんだけど。

 

まず、Z会の英語が難しくてわからない。時間がかかりすぎる。学校の授業は聞いてわかったつもりでいるのに、問題を出されると間違うところをみると詰めが甘い。案の定、中間の結果もイマイチだった。

どっぷり文系の私は、受験英語の最初のいろはくらいであればなんとかいけるかな、どれどれと、しまじろうもビックリするほどイラストでいっぱいの教科書だの学校が用意した教材だのを広げてみた。そして、ああ、これじゃキビシイよなあ、という印象をうけた。

 長男の頭の中では、人称と動詞の関係がもやっとしている。be動詞と一般動詞もゴチャゴチャになっているみたいだ。

例文の合間に文法を小間切れに教えても、点と点が線で繋がらないのではないのかなあ。長男を見ていてそう感じた。

中1の今、文法を整理してきっちり抑えておかないとダメなのではないか、そう思って試しに思いつく限りの主語と動詞の関係を表にしてやった。こんなふうに後で繰り返し見られるように自分だけの文法用のノートを作れば良いんじゃない?どうだろう?

 

だいたい、こういうの授業でやんないの?ノート見せてよ。分からない時点で先生に聞けばいいじゃん。と言ったら、これがまた運の悪い事に英語の先生との相性がすこぶる悪いことが判明した。

 長男の言い分としては、先生は質問されるのが嫌い。宿題のやり方が分からないので聞きに行ったら、話を聞いていないのが悪いと突っぱねられ、仕方がないから成績の良い友達を選んで聞いたけど、そいつも分かってなかった。結局、先生の説明がわるいんだよ。

さらに、違う事でまた授業の後聞きに行ったけど、今度は私をからかってるんでしょ?と言われてしまい、ポッカーン。

また、辞書は学校において置くように言われているらしいのだが、家で勉強したいので、せめて土日に持って帰ってもいいかと聞いたところ、「ダメ。忘れる人がいるから。」だって。これじゃあ、何にも出来ないよ。何なんだよあのババア!とヒートアップ。

 

あ~あ。ヤバいぞ、ヤバいぞ。先生の言っている事に納得がいかずに反抗心がむき出しになっている。おそらく授業態度にも出ているのだろう…

仕方がないので、ホントにそのとうりだ。でも何か言ったところで、先生の方針は変わらない。授業は黙って聞いて、課題はきちんと出す。まずやる事をやらないと話を聞いてもらえないからね。今度は先生に『質問があるのですが、いつなら聞いてもよいですか』と聞いてみたら?と言ったのだが、もうあのババアには二度と質問しないつもりなんだそうだ。…仕方がない。ひとまず英語は自分で苦労して勉強するしかないね。

 

やはり、中学生を経験したママ友の言ったとおりなのかあと思った。

お兄ちゃんやお姉ちゃんの英語で苦労した人は、下の兄弟には小学校の頃から塾などでちゃんと対策を打っていた。中1英語のつまづきってコレだったのか…

 

それにしても、ママ友との会話のなかで、教育熱心な中学生の保護者は先生への要望や期待が少ないように感じた。もっと言えば、既に学校には失望しており、期待するものはない。先生は内申のほうだけお願いします。勉強は自己責任で家庭のほうでみますので。という感じ。

じゃあ、塾に行かないと落ちこぼれちゃうの?公立中学校って、そんなんで良いの?と投げかけると、仕方ないよ。先生の方だって勉強しない生徒ばかり相手にしてるんだから。だって、この辺の中学生なんてホントに勉強しないよ。中間だ、期末だって部活が休みになると、やったぁ、部活休みだ!って皆で遊びに行くんだから。普通、勉強でしょ。受験勉強だってろくにしないで、今の成績のまま入れる高校を受験する子ばっかりだよ。頑張って少しでもレベルの高い高校にいきたいなんて親も子も思ってないのよ。田舎ってそんなもんよ。これで都内の中高一貫校の子に太刀打ち出来るわけがないでしょ。

 

話が脱線してしまった。ママ友の大演説会はまだまだ続くのだが、「勉強なんてしなくたって別にいい」が多数派の田舎の中学生の中でいかに勉強していくかというのは大きな課題みたいだ。

これもまた、厄介な問題だ…。