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雨のち晴れ

40代主婦の考え事・いろいろ

とんでもアプリ『斉藤さん』で見られる子供達のゲス現象

次男がスマホを持っているR君の家におじゃまして遊んで帰ってきた。

「ママー今日スゲー面白い事あった!」

と言うので、なに?なに?なにー?とよりによって3男まで一緒になって話を聞いてみたら、とんでもない話だった。

『斉藤さん』という、知らない人と喋ることのできるアプリがあり、

→R君が女のふりしてちんこ見せてと言ったら、斉藤さん(知らない大人)が陰部を出した

→次男が思わず、うわっ!きったねー!毛モジャモジャじゃん!と言った

→R君がしー!しー!と言ったが時すでに遅し

→速攻切られた

→すごく面白いアプリだからママのスマホに入れてよ

という話。ってとんでもない話だ。

なんなんだ?そのアプリ?出会い系か?

 

私はカーッと血圧が上がり、これだから子供にスマホなんて持たせるもんじゃないのだとか、お前はすぐに流されて善悪の判断もつかないのだから、R君と遊ぶのは今臨済禁止だとかを叫び発狂したくなったので、一呼吸おくために近所のスーパーに買い物に行った。

つきなみではあるが、不特定多数の人と話す事の危険性を具体例を出してたっぷりと説教しようと思ったが、それだけでは自分達のゲス加減を本当に理解するのに弱い気がした。頭ごなしに怒るとますます親に言わない事が増えてくる点も考慮しなければ…

 

『斉藤さん』は中高生の間で随分と前からかなり流行っているらしいが、私は知らなかった。

無料で気軽にいつでも誰とでも通話や中継が楽しめるアプリ。=無料で気軽にいつでもカンタンに変態とお話しが出来るアプリ。無料…ハードル低い。

  子供達が愛して病まないYouTubeも見てみた。ああ、これかと思ったのは、斉藤さんアプリを使って若い学生風の男の子が女子高生の振りをして変態を騙す動画だ。こういうのが小学生にうけるのだ。まねして斉藤さんアプリを実況してアップする小学生までいる。

 

斉藤さんアプリは小中学生が夢中になるいくつかの要素があるように思った。

まず、無料。無料だから親に内緒で又は親と交渉しないで簡単に遊べる。

次にスリル。好奇心旺盛な子供にとって、面白い大人=如何わしい大人は興味津々なのだという点。変態ってどんな人?怖いけど、見たい、聞きたい、話したいという気持ち。

最後にいたずら心。常に刺激が足りず、何か面白い事はないかなと探している子供にとって、いたずらはビックリさせるところを見られるので楽しいけれど、常に怒られるというリスクが付きまとう。一方、知らない他人であれば、(怒られないという点でのみ)リスク回避できるし、そもそも、悪い事をしているのは変態の方なのだから。

 

女子高生に自分の陰部をみせて満足している変態には吐き気を催すが、一先ずここでは別の問題として置いておきたい。

私は若者達がこの斉藤さんを使って変態をまんまと騙し、「バーカ!」と狂気乱舞して喜ぶ姿を見て、不快感を感じた。ぜんぜん面白くないし、何年か前のホームレス狩りやおやじ狩りを連想した。

 何か、刺激的な事はないか、面白い事はないか、そうだ、変態をいじってやろう。

ホームレスの小屋に爆竹をぶち込んでビビらせよう。

酔っ払ったオヤジをボコしてみよう。

つまらないから、おとなしいあいつをクラスでシカトして遊ぼう。

軽くみないでほしい。ホームレス狩りと変態騙しの思考は一緒ではないのか?その楽しい遊びはゲスではないのか?

私は多少でも欠点があったり、弱いと思われる人間を見下げて面白おかしく楽しむ行為を断じて許したくない。それこそゲスの極みだ。恥を知れと言いたいのだ。

 

もう一つ言えば、「それは違うだろう、楽しければ何だってありなのか?」と問われれば、変態は騙されて当然。ホームレスのような社会のゴミには何をしても構わない。例えばちょっと空気を読めない奴がいじめられるのは当然の成り行きだと、あらかじめ逃げ道を作って自分を正当化しようとする、その姑息さが嫌だ。

 

 小学生が大人さながらに動画をアップする事には言いようのない感情がつきまとう。怒りというか、不安というか…あの子達は大丈夫か?将来ユーチューバーになりたいのか?何が楽しいのか?アクセスが増えると認められた気になるのか?聞いてみたい。

部屋の中でくだらない動画とってないで、外に出ろ。今、本気で友達と関われ。小学生の今、友達と遊んだリ、ケンカしたりしてたくさん失敗しろ。そのほうがよっぽど刺激的だと言いたい。

 

スマホにフィルタリング等の対応も必要だと思うが、最終目標はどんな情報でも自分で善悪の判断をし、選択できるようになる事だ。

 

人の品格とは何だろう。

ゲスな行動とはどんな行動だろう。

 

今回私はこの点を強調して、何度でも繰り返し次男に話そうと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐ小学校卒業。長男の成長を振り返ってみる~幼児編~

幼児期の子育てで1番悩んだのは長男だと思っている。とにかく、育てにくかった。

まず、1~2歳頃から早起きだった。朝の5時頃、「ママ、あしょぼ!ママあしょぼ!」と起こされ、勘弁してよ~とは思うものの、騒音問題もあり、泣かれたら困るとボーッとしながらレゴやプラレールで一緒に遊んだ。ガチャガチャ音をたてると響くので、春、夏はひっつめ髪の着の身着のままで次男をおぶって公園へ行き、遊ぶ事も多かった。

 

その頃、私は長男が同じ月齢の子供に比べると、明らかに言葉が遅いことを気にしていた。

でもある日、近所の子供と道で遊ばせていると、ゴミ収集車を見て、突然「ごみしゅーしゅーしゃ!」と叫んだので、同じアパートのママと「凄い、凄い、喋ったと思ったらこんな難しい言葉だなんてね!」と喜んだのを覚えている。それまで言える言葉がママ・ミユク(ミルク)・もーちゃんぐらいだったのだが、以来段々と喋れるようになった

乗り物が好きで、電車の絵本をよく買った。電車を見ると目を丸くして「でいーしゃ!」と指差ししていた。懐かしい。

 

風邪をひいて熱を出すとすぐに熱性痙攣を起こした。

またその頃、困っていたのはお昼寝から起きる時のギャン泣きだ。いつも目をさますとギャーギャー海老反りになって泣き、何をしても泣きやまず、もう、お手上げだった。

 

言葉が遅かった事もあり、発達が遅いのではないかと心配したのは3歳位だったと思う。

児童館で週1回、みんなでお遊びタイムのような時間があり、アンパンマン体操やら踊りやらをやる時間があったのだが、参加したがらない。他のお友達には興味を示さず、いくら促しても1人でお気に入りのおもちゃで遊び続けた。

 

こだわりも強く、何か納得がいかずに一度泣き始めると手に負えなかった。

例えば、ある日実家から戻り、駐車場で「はい、着いたよー」と助手席のシートベルトを外してあげたら、自分で外したかったのだと泣かれた。もう一度ばぁばの家に戻って帰り直せと言ってきかない。片道40分を引き返すわけにもいかず、泣き声大音量のまま木造アパートに帰るわけにもいかないので、車でぐるぐる近所を走り、ショッピングセンターの端っこに車を止め、泣き止むまで待った。

 

食べる、寝る、行く、帰るといった基本的なことがなかなか進まず、ちょっと移動するのも大変だった。

私としてはこの頃の子育てが1番辛かった。

正直、なかなか公園から帰りたがらないので、じゃあ、勝手にしてよと公園に置いて帰ったり、反対にヤケクソになり、いつまででも遊ぼう。その代わりお腹すいたと言わないでよ!と暗くなっても公園に居続けた事もある。ホント、通報されないでよかったと思う。

 

こんな調子なので、ああ、この子に幼稚園は無理だなあと思い、1年見送り、年中からの2年保育にした。今となってはこの判断が正しかったか分からない。3年保育のほうが主流だし、入れてしまえば案外平気だったのかもしれない。

 

翌年の幼稚園選びは慎重になった。色々廻ってみて、少し遠いが、バスが来てくれる小さな幼稚園に決めた。

その幼稚園はよく子供に絵を描かせる幼稚園で、絵の具や貼り絵、造形や粘土など、子供達の作品展には目を見張るものがあった。また、砂遊び、泥んこ遊びも盛んに行われているようだった。

それまで、育て方が悪いのではないか、育てにくいのは、他の兄弟に手いっぱいで愛情が足りないせいなのではないかと悩む私は、いろんな育児本を読みあさったのだが、発達障害について書かれた本には出会えなかった。

ただ、当時読んだ本の中で、癇癪持ちの育てにくい子供の心を落ち着かせるのに効果があるとの事で、子供によく絵を描かせたり、水遊びや泥や粘土で遊ばせていたので、長男には合っているのではないかと思ったのだ。

同じ理由でスイミングに通い始めたのもこの頃だ。

この幼稚園との出会いは親子共に大きかったと思う。入園前、園長先生に長男の特性を話すと、なんだ、そんな事。全然大丈夫です。問題ない。と言ってもらえたので、私はホッとする反面、懐疑的だった。行きたくないと泣いて大騒ぎするとか、集団行動が出来ずに先生の手をやかすのだろうと思っていた。

 

幼稚園に通い始めると、私の予想に反して幼稚園に行きたくないと言い出す事は一度もなかった。年少さんからいるお友達の輪に入っていくのは苦手なようだったが、今時の遊具こそないが、様々な植物が植えられ、多様な生き物を飼っている園庭に飽きるはずもなく、1人で楽しんでいるようだった。

先生からのおたよりによると、少し戸惑っているようだが、集団行動にもなんとかついていけているようだった。

 

半年が過ぎ、運動会練習が始まった。どんな様子かこっそり見に行くと、暑い中、みんなで演目のお遊戯の練習をやっていた。児童館での様子からして、踊らずに突っ立っているのを想像したが、皆と列になり、手足を動かし、曲に合わせる姿にびっくりするやら安心するやらだった。

 

年長さんになると、園でも少しずつ小学校の生活に入りやすいよう、色々なお仕事をさせたり、ひらがなや簡単な計算を教えてくれた。自由帳にひらがなを書いて持っていく宿題なるものも出現したが、それも割と苦労なくこなせた。

 

最後のお遊戯会は年長さんが司会を務めるなど、園児一人ひとりに大事な見せ場があり、自信を持って小学校に行けるように配慮した素晴らしいものだった。

長男も園生活を通して出来る事が増えていった。

 

そういえば、酷い癇癪を起こしていつまでもジャンプして泣く事は幼稚園の頃には少なくなっていた。

 

 

実はあの頃の子育てが正しかったのか検証したいと思ってここまで書いてみた。

そして、あ~あ、やっちゃったなあ、間違ったなあと思う事が多い。

でも、親ってなんだろうと考えると、全ての親が理想的な環境で模範的な子育てが出来る訳ではない。子供達の前で言い訳がましく口にするつもりはないが、私だって一生懸命やったのだ。

開き直る訳ではないが、結局、子育てって、間違っているかもしれないけど、親が試行錯誤しながらその時出来ることを精一杯するしかないのではないか思う。

だから、もっと後になって、なんであんな育て方をしたんだろうと後悔しないように、時々振り返って軌道修正しようと思うのだ。

 

 

人の悪口を言って徳することなし

最近、人の悪口ばーっかり言う人と一緒に役員の仕事をしなければならず、とてもストレスを感じている。

ママ友付き合いもベテランの域に入りつつある私。今さらと思いながらも、悪口についての心構えを検索してしまった…

人の悪口を言うというのはとってもリスキーな行為です。悪口を言いたい時は、言えば言うほど信用がなくなると思ったほうが良い。

ごもっとも!だって私なんかは悪口を聞けば聞くほど、“私の事も陰で言ってるんでしょ”とその人への不信感がつのったりする。

人の悪口ばかりいう人はなるべく避けましょう

それが出来たら苦労しないのだけど…

 

悪口を言われるほうにも確かに負はあるのだけど、だったら、あなたが言っている事は正しいです。より良くしたいのならば、ここで言ってないで、本人達に言えばより効率的なのではありませんか?!と思う。だから、試しに

「じゃあ、私が本人に言っておいてあげるよ」

と言うと、

「それは待って!」

となる。ほらね、そりゃ、そうだよね…

「ウソ、ウソ♡」

 

だけど、実際、私も全く人の悪口を言わないというわけではない。ごめんなさい、そんな聖人には出来ていない。言う相手は限られるが、ちょっと言わせてよ~となってしまう時がある。

でも、それももうやめようと思っている。

人の感じ方、考え方はそれぞれだもの。自分が1番正しくて偉いわけじゃない。

久しぶりにあんな人に会った。

人の悪口は自分を下げるし、聞く相手をこんなに疲れさせる。

ホント、言うもんじゃない。

 

 

自分がダメ人間だと落ち込んだ時の立ち直り方(私限定?)

若い時は、まあーくだらない事で落ち込んだものだ。若いっていいやね…

大学の時、寝坊して絶対行かなくちゃならない一限を遅刻しそうになり、これは不味い!とにかく急げと電車に駆け込んだのだが、寝過ごしてしまい、終点まで行ってしまった。

もうダメだ。でも誠意をみせて遅刻しても行こうと登りの電車で引き返したら、これまた寝過ごして最寄り駅を通過してしまった。

ああ、やんなっちゃう、とまた引き返そうとホームにおりてふと気がつくと、着の身着のまま出てきてしまっている。ひどい格好。これじゃ、恥ずかしくて誰にも会えないと思い、とうとう、その日はひどく落ち込んで、大学をサボって家に引き返し、布団を被って泣いた覚えがある。

今思うと、落ち込むこと事態、すごーくズレている。というか、タダのバカ。落ち込む前に遊び過ぎのその生活を反省して改めろと思うのだが、その時は、どういうツボに入ったのか、私は何をやっているんだろう、私はなんてダメな人間なんだろう、と思いつめた。

そんな時私を救ってくれた曲が筋肉少女帯の『踊るダメ人間』だ。

ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメー人間!

ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメー人間!

としつこい程繰り返すこの歌詞が妙に懐に入ってくる。

なんか分からないけど、そうです。そうなんです。私はダッメーな人間でーす!と明るい気分になったのだった。

ただ、残念なのは当時の私に反省、心を入れ替えて真面目に勉強するなど改善点がみられない点だ。完全に学生としての本分を見失っている。

人間、落ち込んだ後、開き直るだけじゃ成長しないんですね…

 

 また、同じ時期だと思うが、バイト先の休憩室で気のいいK君と談笑している時、何か面白い事があって、爆笑したその勢いにまぎれてボォ!と大音量のオナラをしてしまった事がある。

自分のした事のショックで頭が真っ白になったのだろう。その直後の事は覚えていない。

その後何日かひどく落ち込んだ。K君の事を好きな訳ではないのだけど、K君がこっそり私がオナラをしたと思っている、その事実が嫌だった。どのツラ下げてK君にあおうか。穴があったら入りたい。もうこれ以上バイトは続けられない。辞めようと決心し、マネージャーに

「取り返しのつかない事をしてしまったのでバイトを辞めさせて下さい。」

と言ったところ、何だ何だ、何をしたんだと問い詰められて、オナラ事件を告白させられることになった。

はあ?オマエは何を言ってるんだ。じゃあ、オレがKに聞いてくるとマネージャーが私の静止も聞かずに、

「おい、K。ガンボのオナラ聞いたか?」

と聞くと、

「…?何の事ですか?」

とK君は言う。

「ホントに聞いてないの?ホントにホント?」

と私が詰め寄ると、

「いつしたの?」

とポカーンと言う。

K君にはオナラの事はバレたけど、それですっかり吹っ切れた私は卒業までバイトを続けた。

 

落ち込むっていうのはどういう心理なんだろうと考えると、多分、自分を過大評価しているからなんじゃないかと思う。

優秀な学生でもないくせに、優秀だと思っている、または優秀だと思われたい。だけど実際は自己管理も出来ない落ちこぼれ学生。

それに、オナラなんてするはずのないミスキャンパスとはほど遠い自分。

悲しいが、そういう自分の情けない所を認めてしまえばラクになる。落ち込む事もない。

 

そういえば、私はこのところ、久しく落ち込んでいないのだった。

 

 

 

5年9ヶ月

東日本大震災津波にあった福島の7才の女の子の遺骨の一部が見つかったという。5年9ヶ月。5年9ヶ月。そんなに長い間、お家に帰れずにいたなんて。

 

あの震災以来、たくさんの人の人生が変わってしまった。

あの日、長男と次男は胃腸炎で揃って幼稚園を休んでいた。

数日後の幼稚園では、ママ達が集まって、

福島原発、爆発したの聞いた?」

放射能大丈夫かな?」

「やだ、布団干して来ちゃった!」

こんな会話をしていたのを憶えている。

卒園式は簡素化され、謝恩会は中止になった。

資材が集まらず、マンションのリフォームが遅れた。

メーカーの倉庫が被災したとの事で、頼んでいた冷蔵庫や洗濯機が届いたのはゴールデンウイークだった。

その春、長男が小学校に入学した。

その春、三男が幼稚園に入園した。

学校や園では毎日、毎日、放射能を測定した。

何か出来る事はないかと、様々なボランティア活動をするママ達、安全な食を考えるママサークルを立ち上げたママもいた。

放射能が心配でノイローゼ気味になり、九州に引越した人もいた。

小学校生活に慣れない長男が毎日下痢をしていた。

少しでもお友達作りになればとスポーツ少年団にいれた。

4年生のときには、仲間はずれにされたからとスポ少を辞めたいと言い出したが、様子をみているうちに、元気を取り戻し辞めるのを辞めた。

5年生くらいから、段々と勉強や運動に自信が持てるようになってきた。

最近では6年生としての貫禄が出てきた。

あれから身長が30cm以上伸びた。

それが、長男の5年9ヶ月。

 

その間、あの女の子はずっとお父さんが見つけてくれるのを待っていたんだと思った。

 

7歳。あの頃、みんなミソっ歯だった。

みんなで大きくなれたらどんなによかったろう。

 

あのお父さんはこれからもまだ見つかってあない遺骨を探しにゆくのだそう。

 

私は、何と言ったらよいのかわからない。

 

でも、生きている子供は一生懸命生きるしかないんだよ。あの子の分も。

 

もし、神様がいるのなら、あの子の幸せを祈ろう。

 

除夜の鐘をききながらこんな事を考えていました。

 

あけましておめでとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

12月31日

今、洗車待ちだ。大晦日は洗車場が混んでいると分かっているのに。あ~あ。今年も今になってしまった。

 

夏にブログを始めて5ヶ月。

今となっては、何故始めたのか自分でも分からない。始めのうちは自分が苦労した育児関係で人様の助けになるような事を書こう思ったりもしたが、そもそも秀でた考えがあるわけでもなく、語る難しさも感じていてほぼ挫折。

そのうち、夫のモラハラが辛くて吐き出すようになった。それにしても今年の夏は本当にしんどかった。今まで自分はタフだと思ってきたけれど、ストレスで突発性難聴にまでなってしまい、気力・体力の自信がなくなった。もう、乗り越えられないのではないかと思った。

あの時心配して下さった方には本当に感謝しています。本当にありがとうございました。

 

 その後、夫は暫くおとなしかったのだが、また最近、少し「オレのボーナス使うんじゃねえ攻撃」が復活している。それでもこの年末、インナーなどを新調したら気をよくして比較的機嫌がいい。このような状態でいてくれるのならば、すぐに離婚という結論を出さないでもよいと思っている。やはり、経済的な事を考えると、出来れば離婚は避けたい。 

 

家に帰ってきた。

子供達と年越しそばを食べ、先程、元旦の朝から洗濯機を回したくないので、洗濯を終わらせた。子供たちは今年も、ダウンタウンを見ている。そうなんだよなあ、笑ってはいけないと思う程、つまらない事でも笑っちゃう。

 

私にとってブログとは何だろうと思う。

随分前にママ友のブログを見て、ブログってものはイクメン夫やかわいい子供に囲まれ、オシャレなお店でオシャレなランチを食べましたなどと充実した生活を披露するモノだと思っていた。そんなものの何処がよいのかわからなかった。

でも今は少し考えが違ってきている。

私の場合、結局、とるに足らない日記みたいなものになっている。でも日記であるのならばブログにすることはない。周囲の人には知られたくないにも関わらず、誰かの目に触れる事を望んでいる。

どこかで、発言したい。誰かに共感したり、ああそういう価値感もあるのかと視野を広げたい。この夏のように、辛い時をブログを通して励まされたりする新たな繋がり。私にとってブログとはそういうものになりつつある。

 

そんなこんなで今年も終わろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

通信簿を見て反省して新たな気持ちで頑張る3日間

今年もあとわずか。

うちの小学生諸君には、通信簿を見て、自分を振り返り、来年の目標などたててもらいたいところだ。

なーんて言葉が出てくるところをみると、うちの子供達の成績がいかにパッとしないか、想像がつくだろう。

長男は右手骨折の為、左手でテストを受けたわりには、それほど下がっていない。まあ、良しとしよう。

三男はあんなにダラダラしているくせに、ちゃっかりAが6こ増えていたのが腑に落ちない。…まあ、良しとしよう。

問題は次男だ。下がっちゃってるじゃないの!

あ~あ。授業聞いてないんだろうなぁ。

それにしても、先生方も大変だと思う。最近の先生方は、通信簿のコメント欄に悪い事を書かない。褒めて伸ばす教育なんだろう。どんなに出来が悪くても、係の仕事を頑張っていたとか、図工では集中して取り組めた、だとか、なんのかんの良かった場面を見つけて書いてくれるので、せめてもの慰めになる…

ここだけの話だが、私の通信簿は酷かった。先生は言いたい放題。協調性がないとか、積極性に欠けるとか、中学生の時なんか、何事にもルーズだなんて書かれた。確かにそうなんだけど…あの時は、舐めてたよなぁ、というか、私、いまだに変わってない感じがする。まあ、いいや、今さら性格をなおしても意味がないように思う。

そんな事より、1番ショックだったのは次男のZ会の成績表だ。全国でビリから〇番目だった。なんだ?これは!いくら難しいとはいえ、ひどすぎる。

早速、次男と一緒に机の周りを整理して、二学期のテストやらプリントやらと一緒にZ会の教材を整理したら、復習をぜーんぜんやってない事が判明。あぁこれじゃあ、無駄な投資に終わってしまうじゃない!

宿題は少すぎるので、1日で終わってしまった。ラッキー!クリスマスだ!と浮かれている場合じゃないぞ。サンタさんのプレゼントが言い伝えの通り、ドリルになってもいいのか?クリスマスはクルシミマスだ。

私がついてみっちり3日間、出来ない所をもう一度やらせたが、昨日から助かったとばかりに、1人で実家にお泊まりに行っている。今頃、ジジ・ババに甘やかされてさぞかし平和に過ごしている事だろう。

実は、このまま正月に突入し、お正月だからとダラダラと正月番組をみたりしているうちに、うやむやになってしまうのが毎年のパターンなのだ。

こちらだって忙しいし、のんびりテレビをみたいし、ずーっと子供の勉強に付き合うのも辛い。やってられない…

どうしようかなあ、と思いながらも、なにかと忙しい年末を過ごしている。