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雨のち晴れ

40代主婦の考え事・いろいろ

小学校卒業。長男の成長を振り返ってみた~小学校編~

よく考えてみたら、長男は私の幼少時代に似ているのだった。家ではよくしゃべるし、我が強いのだが、1歩外へ出て集団に入ると萎縮してしまい、おとなしーくなってしまう。それを人は内弁慶と言う。ただし、私はあそこまでしつこく泣かなかった…多分。

  小学校に入っても、長男の引っ込み思案の内弁慶はかわらず、放課後に自分でお友達と約束して遊ぶようになったのは3年生になってからだったと思う。

 

 入学当時、1年生ではまず学校のルールを覚えて生活に慣れ、毎日元気に学校に来る事が勉強なのだというお話があったが、長男のようなタイプには本当に大事な事だと思った。

 引越しもあり、環境の変化に体がついていけなかったのか、一学期は毎朝のようにお腹が痛くなり、下痢をした。それでもなんとか学校には遅刻をせず通うことが出来た。担任の先生と話をして、先生が、

「もしも学校でトイレを失敗したら、そ〜っと保健室に行っちゃえば、誰にも分からないから大丈夫だからね。」

と話してくれた事も大きかったと思う。

 

2年生になるとすぐ、お友だち作りにとサッカーのスポ少に入れてみた。でも、やはり友だちというのは親がどうこうするものではない。結局、今でも仲が良く、1番一緒にいるのは、サッカーの友達よりも3年生の時同じクラスだった、おっとりしているけど、なぜか面白いS君だ。気の合う友達と遊ぶ楽しさを覚えて、だんだん外でも活発にふるまえるようになってきたのはこの頃かからだと思う。これからもS君との友情を大切にしていってほしい。

 

4年生の時にはチーム内でサッカーがヘタクソだとバカにされたり、仲間に入れてもらえなかったりしたらしく、サッカーを辞めたいと言い出した。どうしたものかと心配していたのだが、"やっぱり今辞めたら悪口を言われるに決まってるから、最初から5年になったら辞める事にしていた事にして、5年になったら辞めたい”と言う。私としても、いじめられてリタイヤという形に必死で抵抗しているのだなあと思うと痛々しかったのだが、子供ながらもよく考えたものだと承諾したのだった。

この事態を解決するには、サッカーが上手くなるしかないと、キツイが月謝のお高いサッカースクールに通ってもいいよとも言ったのだが、長男は頑として行きたがらなかった。

 

元気のない我が子を見ているのは辛い。何とか他に目を向けさせて、目標みたいなものが欲しい、自信を付けさせたいと思い、じゃあ、勉強を頑張ろうと言ってみた。勉強は裏切らないよ。やったらやった分、成績あがるよ。頑張ってみたら?

以来、成績が上がってきたのだが、本人に言わせると、ママの助言とは関係なく算数のクラス分けテストで上に行きたいから頑張ったとのこと。…あぁ、そうでしたか…

 

5年生のクラスは、林間学校もあり、充実していたみたいだ。やたらと男子で団結するシーンが多く、楽しそうにしている姿を見るのは嬉しかった。親としてはそれが、本当になによりの事だと思った。

サッカーの方も何人か新しいメンバーも加わり、チームの雰囲気が変わってきた。その頃からサッカー技術はイマイチだが、足が速いということでスタメンで出る場面も増え、次第に仲間にも受け入れてもらえるようになった。少し自信がついたのだろう、やはりサッカーは続ける事にした。

 

ただ、今後の長男の進路を考えた時、地域の中学校に進み、同じようなメンバーと一緒に過ごすのは厳しいのではないかと考えた。

幸い勉強が好きなようだし、唯一通える範囲の公立中高一貫校ならばどうだろう。超難関という訳ではないし、受験してみないかと持ちかけると、長男もその気になり、準備を始めた。 でも6年生になる頃、私は学校の詳細を見ると、やはり長男にはどうなのだろう、合わないのではないか、いや、それでも思い切って受験すべきかと迷うようになった。

結局、話をして何ヶ月か考え、本人が小学校の友達と一緒に地元の中学校に進み、高校受験で頑張る事に決めたのだのだった。

 

  外では、慎重に行動するので、先生や他のお母さんには比較的評判の良い長男だが、内弁慶は相変わらずで、家ではえらそうな物言いをしている。最近は甘え上手でマイペースな3男にイラッとする場面が多いらしく、やたらとキツくあたる事が多い。

弟達が出来ない事を目にすると、“オマエそんなことも分かんないの?”と、オレ、頭いい的なマウンティングも気になる。そういうのやめろ。外で言うんじゃないよ。能ある鷹は…なんて喋り終わらないうちに、分かってるよと遮られる。

 それから、納得がいかない事があると…例えば、兄弟喧嘩で私がうっかり現象面だけを見て長男を怒ると、自分の正当性をこれでもかと訴えてくる。

言いたい事は分かるのだが、悲しい事に君の訴える正当性とは、大人の世界では言い訳と言うのです。コイツにケリを入れたのは、かれこれ一週間前から○○の件でムカついていたからです。僕がどんなに我慢していたか、あんたは分かってない、何で分かってくれないんだ、なんて主張は通らない。背景は分かった。だけど罪は罪。やっている事はテロリストと同じなのだ言っても、全く納得しない。分かってくれない、分かってくれない、と繰り返すので参ってしまう。

このあたりのしつこさは幼児期から変わらない。それとも思春期病か?納得はいかないけど、頭を下げなければいけない事もあるのだという事をいつかゆっくり話したいのだが、前回も触れたように言い訳については少し引いてみることにした。今は何を言っても無駄だろう。いつか理解出来ると信じて今の彼を認めてあげる方向でいってみようと思う。

 

結局、今も私は対応に迷ったり、選択を間違ってはいないかと不安に思ったりしながら子育てをしている。

この時期、入会金無料などといった塾のキャンペーンが多く、周りは高校受験に備えてあの子もこの子もと入塾を決めている。うちはどうしようかと内心焦っている。

でも、本人は塾には入らず自分で勉強すると言う。最近の受験事情は私達の頃とは違うし、恥ずかしながら私には中学生の勉強をみる自信はない。専門家のお世話になるのが1番良いと思うのだが…こちらのほうもひとまず様子をみよう。

 

 生まれた時から今までも、多分これからも、あの子は私の思い通りにはならない。これからも小さい時のまんま、自分のやり方を通して生きていくのだろう。でも私は、もうそれでよいと思っている。そういえば最近、長男には、細かい事で文句を言っていない。

 

ただ、ここはどうしても親の話を聞いてほしいという時は、口を出させてほしい。素直に聞く耳を持ってほしい。だって私は人生の先輩なのだから。君には見えてないけど私には見える事もあるのだから。

 

早起きは相変わらずだ。多分寝ていられない体質なのだろう。さすがに、幼児の頃のように“ママあしょぼ”と起こされる事はなく、一人で勉強をしている。誰にも邪魔されない朝の1人の時間が好きなのだそうだ。凄いな。時間があれば5分でも寝ていたいと思う私や次男、三男とは全く違うタイプだ。

 

心身共に だいぶ逞しくなったし、高学年になってからは自信を持って行動しているように見える。家の手伝いも安心して任せられるようになった。…でも、まだまだだとは思うけどね。

 

だんだんと、私が長男をサポート出来るのは、長男が私を必要とした時だけになるのだろうなぁと思うと少し寂しい。ちょっと前まではいつでも私の足元にまとわりついていたのに、と思う。

 

小学校は長いと思ったが、入ってからは本当にあっという間だった。

                 

                   卒業、おめでとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラスの少年達は認めてほしがっている

こんなに簡単に子供達は変わるのか~と思った事があった。

この前、大学生はもう春休みということで、少年団OBのU君が試合が重なり手薄なコーチ陣の応援に入ってくれた。長男達の最後の試合。

U君はとにかく、声掛けが上手い。例えば点には繋がらなかったけどしつこく攻めた、とか、ナイスプレーやチャレンジできた、という場面で『○○!グー!』『△△、それでいいぞ』と声をかけたりする。

それだけで何となく雰囲気がよくなり、気持ちの入ったプレーが多く見られた。まあ、結果としては2―0で前半を折り返した後、後半に2点取り返し、引き分けで終わったのだが、終了後、みな良い顔で整列していたのが印象的だった。

正直、これまで長男達のチームがこんなに頑張っている姿を目にする事はなかなかなかった。今までは、負けてもヘラヘラしていて、私達の疲れも倍増。「悔しい、って気持ちはないんかねえ!車出しなんでバカらしくてやっていらんないわよ、も~!」なんて言っていたママもいた。

その試合の後、6年生のママ連中と話しをしたり、卒団文集を読んだ中で気付かされたのは、彼らも負けてヘラヘラしているように見えるけど、本当は悩みながら、上手くいかない自分にイライラしたり、どう動いたらよいのかと不安に思いながらプレーしているのだ、という事だった。

自分の、成功とまではいかないけど、やりたかったプレーに対して、それでいいんだぞと背中を押して貰えることで、安心し、勇気を持って思い切りチャレンジ出来たのではないかなあ、と思う。

 

隣のクラスのT先生は怖い事で知られているけど物凄く男子に人気がある。聞くと、話を聞いてくれるのだという。こらっ!と怒るのだが、先生、アイツのせいじゃない。今回はオレ達が悪かったんだ、と言おうとすると、言い訳無用!とピシャリと言う先生の多い中、それはどういうことだ?と話を聞いてくれるのだという。

 

実は私は今まで、子供達を叱って言い訳すると会社に入って言い訳しているサラリーマンなんていないよ。言い訳無用。見苦しいから言い訳すんな。という態度で子供達に対応していた。この考えを改めるつもりはないのだけど、今、あの子達にはまだ早い。まだ理解できないのだなあ、と少々限界を感じている。

やはり、まだまだガキなりの未熟な主張を聞かないとダメなのだ。長男と話をしていても、こちらは君の言い分は分かってるけど、大人の世界はこうなんだよ。と言っているのだが、ママは分かってくれないと言ってどうも噛み合わない。考えてみればそうだよな。世間の厳しさなんてものは、触ってみなけりゃ分からないよなあ。

 

どうやらガラスの少年達の心は、不安と出来ない事への苛立ちと、認めて貰いたい欲求で出来ているようだ。

褒めて伸ばすというのともちょっと違って、それでいいのだと認めてほしがっている。ちょっと対応を変えてみようと思っている。

 

そうそう、卒団式は無事終了した。いやあ、作戦通りというか…泣き虫さんの多いこと、多いこと。涙と笑いで皆さん楽しんで頂けたようで、私もホッとしている。子供達がタダで指導したり協力しているコーチや親に本気で感謝している事も分かり、成長したんだなあと思った。

良かった、良かった。

 

 

  

人の幸せや不幸せに触れて思ったこと

またまた卒団係の話~という感じだが、少しだけ。

先週、唯一の専業主婦を捕まえて、写真を切ったり貼ったり、子供達の作文を直筆のまま掲載するという、昔ながらの製法でようやっと卒団文集を完成させた。

パソコンが得意な人ならチャチャっとやっちゃうんだろうねーなんて話しながらも、地道な作業を黙々と続けていると、普段話さないような事まで喋ったりする。そして、あーんた!義母や夫との関係でそんな大変な事をかかえてたの?!という思わず涙が出ちゃうような告白があり、人の人生は本当にままならないものだと思わされたのだった。そして、卑屈さを見せず、黙って頑張っている彼女は本当に偉いなあと思ったのでした…。

 

そんなこんなで、昨日は一山超えたという事で、最近忙しくてご無沙汰していた友達と、時間なくてゆっくり出来ないけど、行こーよ、行こーよという事で、ランチに行った。

彼女は何年か前にお兄ちゃんの卒団を経験しており、私の卒団式の時はさあ~という話になった。

「卒団式の後、一旦家に帰ってから二次会の会場に行くことになってたんだけど、車に乗って1人になったら、ツーと涙が出てきちゃってさ。ああ、もう応援行けないんだなあ、と思ったら寂しくなっちゃってね、帰ってうちのテーブルに座ったらぼーっとしちゃってもう、立つ気力が無くなっちゃったのよ。仕方ないから旦那がさ、最後なんだから送ってやるから行ってこい、帰りは誰かに乗せてもらえよって言うから、送ってもらって、やーっとこ行ったんだわ~。」

という話をした。私はそんなもんかね~なんて言いながらも実は、ああ、そこには愛があるなあ、いいなあ、あのご主人以外といいとこあるんじゃない、と、むしろご主人の優しさの方に関心を奪われた。

そしてそういうのは、うちには無いなあ。

そういう優しさは期待しない事にしているので忘れていたけど、いいなあ、羨ましいなあ、と思った。

 

あーダメダメ。

まあ、人を羨んでも仕方がない。人は人。自分は自分だ。人と自分の幸せを比べて嘆いたりするはやめよう。

人に優しくされたいと望む前に、自分が人に優しくすればいいだけの事♪

さあ、今日も一日、頑張りましょう。

 

 

 

 

 

まさかのヤル気スイッチ、こんなところにあったとは…

…ちなみに、真剣に子供のヤル気スイッチについて真剣にお悩みの親には参考にならない話です…

 

そういえば、最近三男の様子がおかしい…

昨日、私にまた、早く風呂に入れと言われる前にチャッチャと服を脱ぎながら三男が私に言うには、

「ぼく、生活習慣ついたんだ~♪宿題と自学終わったんだあ♪」

それを言うなら学習習慣じゃね?たまたま今日はじゃないの?など訝しく思いつつも「ふーん。凄いねぇ。」と適当に返していた。

「今日も、セッキョクテキに手を挙げたんたあ~♪」

積極的…ムム?なんだろう?…3男を呼び止めて、

「ねねね、どうして急にヤル気スイッチはいったの?」

と聞いてみると…

「バレンタインにチョコを貰うためっ!」

 

ガーン!

そう、我が家は今年のバレンタインでの収穫がゼロだったのだった。長男、次男あたりはチョコなんていらねーし!と惚けていたけど、おませな3男は興味深々で、友達と可愛い紙袋を持って歩いている女子の後をつけ、どこに届けに行くのか偵察するなんてことまでやっていた。

「だってママいってたじゃん!来年はチョコゲットするぜい!」と言い残して風呂に入っていった。

そう、確かに私はあの時言ったのだ。

「どうして僕、チョコもらえなかったんだろうね?」

「あったりまえでしょ。女子ってのはバカな男子が嫌いなの。チョコをもらえる男子ってのは、勉強が出来て、スポーツが出来て、面白い男子なの。アンタみたいに宿題やるのが面倒くさくて、ぐずっちゃうような男子はステキ♡なんて思ってもらえないの。」

 

お母様、おめでとうございます!

とうとうヤル気の神が、降臨なさいました!

その時私は確かに狭い風呂場へ入ってゆく3男に後光が射すのを見た。

3男のヤル気スイッチは「女子にモテたい」、こんな所にあったのか。今までの私の涙ぐましい努力は何だったのだろう。幼少期、兄達のおまけのように育ててきて、絵本もゆっくり読んであげられなかった。結果、このように集中力のない子供に育ってしまったのだと悔やんだ日々。いいえ、今からでも遅くない、勉強習慣をつけさせようとあの手この手で試行錯誤した日々…。

ああ、こんな所にあったのね。ヤル気スイッチは…

 

なんちゃって…そんな簡単にいく訳がないだろう。3男の事だ。このヤル気モードがいつまで続くが怪しいものだ。

 

まあ、これも一つのきっかけとして、ひとまず暖かい視線で見守ろうと思っている。

 

2月28日 今日の心模様

あ~。私は今、余裕がない。

一つの仕事の効率を上げる為には、適材適所で、仕事を振り分けたほうが良いに決まっているのだけど、やはり難しいのだと身を持って実感している。

私達の代はみんな協力的だから大丈夫。というお題目で始まった卒団係だけど、いざ、分担を振り分けるなると、妊婦だったり、仕事が休めなかったりで頼めない。やっと頼んでも、彼女はいま〇〇で大変だからと影の圧力がかかり、あら、配慮がなかったわ、ごめんなさい。大丈夫よ、私出来るから。というわけで、1人で抱え込んでいる。

そんな中でも、これじゃ、ガンボさん大変だよ、私もやるよ、何日なら休みだから行くよ、などと自分から言ってくれる数人を心の支えとして、最後の仕事を頑張る所存でござりまする。

その他、ありがちなそもそもアイツ嫌いなんだよ的な小事件もあり、モヤ~とした中でいたのだが、そういう事にこだわっていると精神衛生上よろしくないし、ムキになるのも大人気ないし、仕事も、家事もはかどらないので考えないようにしようと思っている。

 

気分を変えて、今までみた面白かった夢の話をしようと思う。

 

私は夢をみるほうで、起きた瞬間は、ああ、なんだ、夢かあ。と、憶えているのだけど、朝忙しくしているうちに、たいていは忘れてしまう。

思い出せるのは自分で自由な時間を使えた20代以前にみた夢ばかりだ。

 

夢その1:死んだ夢

私は実家の和室の布団に横たわり、傍らに母が座っているのを、もう1人の私が上のほうから見ている。私は死んでしまったのか、ほぼ死んでいるのだった。

なのに母は運動会で走る子供を応援するようなノリで、「ほらっ!ガンボちゃん、頑張りなさい!がんばって!がんばって!ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!ほら、頑張れ!」と私の顔の上で手を叩くのだった。

私は、もう、いいじゃーん。死んでるんだから。勘弁してよおー。と思っているという夢だ。死んだらこういう感じなのかなあ、と今でも思っている。

 

夢その2:坂上忍とハワイに新婚旅行

ハワイのホテルのロビーで、坂上忍がチェックアウトしているのを私はシアワセ気分で椅子に座って待っている。そういえば、私達、結婚したんだあ~なんて、納得してしまう自分は夢ならではの現象だ。ありえない現実に自分を合わせるんだよなあ、何故か。

今でこそよくテレビに出ているが、当時の坂上忍は子役で有名だったけど、殆ど忘れられていた。何故坂上忍が夢に出てきたのかわからない。翌日学校で、私、夢のお告げがありました…多分、坂上忍と結婚します~。と大騒ぎした覚えがある。友達は、何で坂上忍なんだよ?サスペンス見たんでしょ?とシラーっとしていたけど…

 

夢その3:裏庭でじいさんに空を飛ぶ方法を教えてもらう夢

家に帰ると、いつものように祖父が庭仕事をしていた。ただいま~など言いながら祖父と話をしていると、じいさんが普通、空は飛ぶものだろうと言う。「なんだ、ガンボはまだ空をとべないのか、しかたない、教えてやるか」という話になり、そこへ弟も加わり、裏庭で空を飛ぶ練習をする事になった。

祖父は直立の姿勢でペンギンのように腕を横でパタパタさせた。そんなんで飛べるか?と思っていたら、横で弟が「ねえちゃん!出来たよ!出来たよ!」と、2mくらい浮いた状態で私の前を通り過ぎてゆく。私も必死で手をパタパタさせたら地面から10cmくらい浮いた。なーんだ、練習すれば空飛べるんだあ!とこれまた素直に納得する私だった。

 

ストレスが溜まった時は面白かった事を考えるとよいのかもしれない。

やっと、眠くなってきた。明日も、また忙しいので寝ようと、思う。

 

 

 

 

 

 

欠席連絡カード

インフルエンザA型が流行していて、学級閉鎖が、相次いでいる。

流行に乗り遅れまいと次男も土曜日から発症。家に籠っている。リレンザのおかげで熱も程なく下がり、今日も暇すぎる一日を過ごしている。

そんな暇な次男にとって、欠席の時に友達が書いて持って来てくれる欠席連絡カードが唯一の楽しみだ。

1時間目…国語  自習

2時間目…音楽  ○さんと△さんがおこられて5分しかできなかった

3時間目…算数  □先生 5年生のまとめ

とつらつらきて、

明日の連絡…宿題なし!

メッセージ…担任の先生がかぜをひいてやすみ。次男がいなくて、さびしくて、目から血がドピュー。

余白…揚げパン5こ食べたぜ。給食食べ放題。

 

欠席の子が多くて、給食のおかわりし放題なのだな。担任の先生もインフルエンザで倒れてしまい、コレ幸いと自由にやっている様子が手にとるように分かる。

 

次の日は班の女子が書いてくれたらしい。

サインペンでカラフルに色付けされた連絡カードがきた。さっすが女子。メッセージ欄には、「早く元気になってね」とある。

 

一昨日の放課後も連絡カードを楽しみにしていたのだが、渡しといてと頼まれて3男が持って帰ってきたのは、プリントの束だった。なんと、次男のクラスも明日から学級閉鎖になってしまったのだ。ガーン!

 

しめしめ。勉強しろ、勉強。いつまでも病人気取りは通用しないんだからね、と思う私であった…

 

 

 

 

 

PTAやってしまえばそれ程苦じゃない

そろそろ来年度の役員を決める話がポツリポツリ出てくる時期。

私は来年度、役員が決定している。あら、ガンボさん、またPTA?という感じなのだが、うちの小学校は子供1人につき1回なので、計3年やるのだ。

 

PTAなんてそもそも無理があるから入らない、解散だという人がいる中、いいえ。必要なんです!なんて言うと、袋叩きに会うんじゃないかと思うが、私はPTAは存在意義があると思っている。

 

子供達の登下校時の安全を地域の人とはかったり、教師と保護者との連携をはかったりする事は子供達の為には必要不可欠だと思うからだ。

 

数年前、学級崩壊があった時は、保護者に授業を公開し、学校と保護者とが共通認識を持って解決しようという方針で事に当たったのだが、その時学校と保護者の間に立ってやりくりしたのは学年部や本部役員の人達だったし、朝霞の中学生行方不明事件の際の探す会の会長はPTA会長だった。特に何かあった時こそ、PTAは機能を果していると思うのだ。

 

実際にPTAをやっている保護者は、全く不満がない訳ではないが、案外、普通にこなしているというのが私の実感だ。

少なくとも、私の小学校での最近のPTA活動は、保護者が仕事や他の兄弟関連などで時間を捻出するのが難しいという事を前提として活動しているように感じている。

大抵は始めの集まりの時に、連絡方法や、連絡のつきやすい時間帯、活動可能な日時を伝えあう。フルタイムで働いている人は特にやれる事、やれない事をつたえる。やると言っておいてやらないとか、連絡がつかないのが1番困る。無理はしないほうが良い。

今どき、役員の活動にどっぷり専念出来る保護者は珍しいので、参加出来ない部分をお互いにカバーしながら進めてゆくのが最近の形なのではないかと思う。ここは参加出来ないけどあれはやるわ。いいわよ。お互い様ね。という感じだ。

そのような中で時間のやりくりがきく人程仕事量が増えるというのは避けられないのだが、もうそこは文句を言い始めたら切りがない思う。そもそもが、ボランティアなのだ。

 

まあ、集まってみると、 やる気満々で通常業務以上の事までやろうとするお母さん、「やれと言われれば、やりますけど」という指示待ち系お母さん「私、なんにも分からないんですぅ~なんにも出来ないんでちゅ」と赤ちゃんみたいなお母さん、話し合い中、「もっと効率よく話しあえないのかしら。バカばっかり!」とイラつくキャリア組お母さん。サボることばあーっかり考えてるお母さんなど、ほんといろんな人がいる。

子供が同じ小学校に通っているという共通点しかない集団なので保護者間で温度差があるのは仕方がない事だろう。 

それをストレスに感じる事もあるが、それでも、普通だったら友達にならないような人と知り合いになるのも、なかなかない機会だと割り切って楽しむ事も出来る。

 

 昨今のPTA批判は、やったことがない人がマイナスイメージばかり膨らみ戦々恐々としているのではないかという印象を受ける。

 

まずは役員をやってみたらどうだろう。

問題点は役員になってから改善することも可能だ。例えば、うちの小学校は一昨年に、部門統合、その前の年は毎月あった全体委員会が年3回になるなど、少しずつではあるがスリム化への努力をしている。

 

それに、やってみたら、たいしたことはない、意外と楽しかった、なんて思うかも。

一生を通して付き合う友だちが出来るかもしれない。私はまだ縁がないが、実家の母は私の小学校時代のPTA仲間といまだにランチだ旅行だと忙しく付き合っている。