雨のち晴れ

40代主婦の考え事・いろいろ

読書感想文と読書について思うこと。

今年の夏休みも読書感想文が必須課題になっている。これってけっこうめんどくさい。特に低学年は勘弁してよと思う。

さすがに 次男あたりはもう読書感想文は手伝わなくても何とか形になりそうだけど、小4の三男は苦戦するだろう。そして、親がノータッチだと物凄~くお粗末なものになってしまうのが読書感想文だ。(自由研究も、だけど…)

 

アブラゼミのなき響く中、読書感想文に親子で長時間頭を悩ませるなんてうんざりだ。さっさと片付けてしまいたいと思う。

 

本の選定は、出来るだけ子供に選ばせるようにしている。ここ何年かはもう推薦図書にはこだわらない事にした。自分で好きだと思える本でなければ言葉が出てこない。結局、書けやしないないんだもの。

 

 それに、例えどんなにお気に入りの本だとしても、子供って感想を言葉にして、そこからさらに考えを膨らませるなんてできない。

 

 結局、私が「何故この本を読もうと思ったの?」「どこが一番面白かったの?」「もし、自分ならどうした?」とかいわゆる感想文の必須項目をインタビューしてなんとか子供の言葉をひり出してメモをとり、構成順にメモを並べ直して原稿用紙に書かせていくことになる。

 

 そもそも読書の楽しみや喜びとは何だろう。読書の真骨頂とは、ご飯なんて後でもいいから先が読みたい、どうしても知りたい、とかではないのか。ハラハラ、ドキドキ、ワクワクだとか、なんてやるせないのだろう、だとかではないだろうか。読後のなんとも言えない寂しさと充実感ではないだろうか。

 

どっぷりと本の世界に入り込むことができたら、これ程素晴らしいことはない。そんな本に出会えたら、きっとそれは自分の人生の宝になる。

 

児童文学作家であり、福音館書店の編集者でもあった斎藤敦夫先生という方がいる。実は私、読書に関する考え方はかなりこの先生の影響を受けている。

 

斎藤先生はある講演のなかで、

「子どもに絵本を読み聞かせたあとに、感想を聞いてはいけません。ただ、面白かった、それだけで良い。読書感想文。あんなものは最悪です。本が、嫌いになってしまう。そんなものは親が書いてやればいいんです。私の宿題は母が書いていました。」

と言っていた。(何年も前のことで口調は違うかも。内容に間違いはありません。)

 

これを聞いた時マジで?と思ったけど、斎藤先生の考えにはとても共感できる。

 

本を読むこと、それは生きる力を育むこと。

 「人間は本当に面白い、世界は広くて楽しい、生きるに値するところだと伝えたい」

斎藤先生にはこのような信念がある。

 

メディア嫌いの斎藤先生は今も講演会を中心に活動なさっているようだ。斎藤先生についてはこちらのサイトが分かりやすいかも。

 
『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』著者 斎藤惇夫さん bestseller's interview 第74回

 

というわけで、今年も三男の読書感想文は親が大幅に手伝い、ちゃちゃっと片付けてしまいたいと思っている。その代わり、面白そうだと思った本はどんどん自分で手に取り、出来るだけたくさん本に触れて欲しいと思う。だって、せっかくの夏休みなのだ。読書の秋というけれど、小学生の秋は体育にとられてしまうから。

 

 

夏休みを前に、無駄かもしれないけど子供達に是非読んで欲しい本をピックアップした。炎天下、ブックオフに行き本棚を整理し、Amazonでマンガを含めた何冊かを買い足した。

余計なお世話なのは百も承知だ。だからお母さんが昔読んで感動した本なんだけどね、とか、私のおすすめはね~などとは口が避けても言わないつもりだ。

 

他に読みたい本があるのなら、そちらを読めばよいと思っている。サッカーで疲れて本を読む気分でないならば読まないでもよい。本は感想文を書くためにとか、人に言われて読んでも面白くない。

 

自分に自信が持てない今こそ、親の言う事がウザイと思う今こそ、つまらないことですぐにイライラしちゃう、思春期病の今こそ、君達の心を揺さぶり、震わせるような、人生の師となるような、どっぷりと本の世界に入り込めるような、そんな本に出会って欲しいと思っている。ただ、それだけだ。